「――ギブアップ……」

 息も絶え絶えに宣言しても、まだハチはリードを体ぜんぶの力を使って引っ張ってくる。

「お願いハチ、止まって!」

 叫び声をあげるとようやくアスファルトに転がっている私に気づいて戻ってきてくれた。
 はあはあ、とあえぐばかりで空気がうまく吸いこめない。

「ごめんね。なんでだろう、全然走れない」

 散歩をはじめて一分くらいで、すでに兆候(ちょうこう)はあった。
 やけに息が苦しいのだ。
 テンション高く走るハチについていくのがやっとで、最後は引きずられるように走っていた。

 未練解消のタイムリミットが近づくにつれて体が重くなっている。もうこれは間違いのない事実だろう。だとしたら、あの公園に戻ったほうがいいのかもしれない。

 ハチを見ると、うれしそうに尻尾を振っている。茶色の体からはまだ薄く光が放たれていた。

「ハチ。君との未練はなんだったんだろうね……」

 そんなこと言われてもわかるはずもなく、ハチはぴょんと前脚を私の肩に載せてきた。
 ひょっとしたら、これがハチに会える最後なのかもしれない。
 抱きしめようとするが遊んでくれると思ったらしく、うしろにジャンプして前かがみの姿勢をとっている。

 誰かとの別れはいつだって悲劇なのかもしれない。そんなことを思った。さよならを言うことも思いを伝えることもできずに永遠に切り離される。

 お母さん、お父さん、愛梨、そして侑弥とも、ちゃんと別れを言えずに私は死んでしまった。この未練解消は、後悔を消してあっちの世界へ行けるように、神様がくれたチャンスなのかもしれない。

 だとしたら、私は大事な人たちになにを言えばいいのだろう。

 侑弥に会えるのはうれしいけれど、そのぶんもっと悲しくなる。
 だけど、未練を解消するのは自分のためだけじゃなく、残された人たちのためでもあるのだ。
 勇気のかけらが見えればいいのに。それなら、必死で磨くだろう。
 もしくは、人間みたいに成長していくものならいい。たくさん食べれば勝手に大きくなるだろうから。

「今さら、だよね」

 つぶやけば息が冷たくなっているのがわかった。
 ようやく近づいてきたハチの頭をなでる。

「ハチ、ありがとう。たくさん元気をもらえたよ。先に死んじゃってごめんね」

 心から感謝を伝えるけれど、私の体はやっぱり光らなかった。