触れては消えてしまう幽霊。決して触れ合うことのない関係なら、これからは幽霊だと思うようにしよう。
 密かな誓いを立てる私に、侑弥は「あのさ」と言った。急に空気が変わるのを感じ、横顔を見ると彼はもう笑っていなかった。

「七海に言わなくちゃいけないことがあるんだ。それもふたつ」
「ふたつ……」

 間の抜けた声でカラスが鳴き、少しだけ笑った侑弥が私を見た。

「悪いニュースともっと悪いニュース。どっちから聞きたい?」

 ドキドキと胸が高鳴り、痛みに変換されていく。
 なにかよくないことが起きて、それを伝えるために冗談を言っていたんだと知った。

「……いいニュースはないの?」

 なんとか言葉にすると、ひどく口のなかが苦く感じる。

「残念ながら」
「じゃあ、悪いニュースからお願いします」

 姿勢を正す私に、侑弥はしばらく黙った。もうカラスは鳴かない。

「実はさ、引っ越しをすることになったんだ」

 最初はその言葉の意味がわからなかった。

「引っ越し……」

 機械的にくり返す私に、侑弥はベンチの背もたれによりかかって顔ごと空に向けた。

「笑えるだろ? 受験生だってのに、今のタイミングで引っ越しだよ。しかも、東京」
「そう、なんだ……」
「もとの家に戻るだけなんだけどさ。まあ、転勤族だから仕方ないけど、いきなり辞令が出たらしくて、ほんとまいっちゃうよ」

 笑え、と自分に指令を出してもこわばった顔は動いてくれなかった。息を吸ってもちっとも酸素が入ってこなくて、むしろ苦しい。

「それで……いつ引っ越すの?」

 こわばった声をごまかしながら尋ねると、侑弥は視線だけ向けてきた。

「来月中には終わらせるみたいで、荷造りがはじまったところ。五月からは新しい高校に行くみたい」

 他人ごとのように言ってから、
「参るよなあ」
 と眉をひそめた。