彼はしばらく宙を見てから、ようやく私の疑問を理解したらしく、
「あっ!」
 短く叫んだ。

「それは……その」
「さっきも同じことがあった。いったい、あなたたち誰なんですか? どうして私の名前を知っているの?」

 さらに近づくと、彼は同じ幅であとずさりをする。

「違うんです。誤解なんです」
「どう誤解なのかちゃんと説明して」

 一気に距離を詰める私に、彼は「ひい」と悲鳴をあげた。

「き、聞いてください。七海ちゃんは残念ながら亡くなってしまったのです。僕はそのことについて、アドバイスをしに来ただけなんです。あっ、痛い!」

 最後の叫び声は、私が彼を思いっきり突き飛ばしたせい。
 派手な音を響かせ、うしろ向きに倒れるのを確認してから一気に走った。

 今日はいったいどういう日なの!?

 必死で走りながら振り向くと、よたよたと男子が起きあがるところだった。
 なんで見知らぬ人たちから名前で呼ばれなくちゃいけないのよ!?

 ようやく家に着くと鍵を開けてなかに入った。
 すぐにロックをし、チェーンもかける。
 あとは……窓だ。
 慌ててリビングへ向かうと、消し忘れたのか電気が煌々(こうこう)とついたまま。庭では、私の帰りを知った柴犬のハチがちぎれんばかりにしっぽを振っていた。

「ただいま」

 窓を開け、庭へ靴下のままおりると、ハチの首輪につながれている(ひも)を外し、家のなかへ招き入れる。
 すぐに雨戸を閉め、窓にもしっかり鍵をかけた。

 これで戸締まりは大丈夫なはず。
 はあはあ、と息を吐く私にハチは久しぶりに入れてもらえた部屋のなかをキョロキョロ見回している。
 雷がひどいときくらいしか入れないからうれしいのだろう。

 ハチは私が幼いころから共に過ごした親友。
 今年で十五歳、人間でいうともうおじいちゃんなのかも。
 制服のままフローリングに座りこむ私にじゃれついてくる。
 茶色の毛はおひさまのにおいがする。頭をなでると、私の前でごろんと寝転がりお腹を見せた。

「あのね、ハチ。おばあちゃんが亡くなったんだよ」

 そう言っても彼には伝わらない。
 ひとりっ子だった私はよくこうやってハチに話しかけていた。

「悲しいのに泣けないのはなんでだろうね」

 なでてもらえないと理解したハチは、尻尾を振ってくるくる私の周りを歩きだす。

 時計を見るともう夜の十時を過ぎている。
 お父さんは直接病院へ向かったのだろう。
 ああ、そうだ。お母さんに電話しなくちゃ。さっきの変な男性のことを伝え、お葬式の日程も聞いておかないと。

 立ちあがると同時に軽いめまいがした。
 全力で走ったからだろう、さっきよりも頭痛がひどくなっている。
 そこでようやく通学バッグがないことに気づいた。