なにかがあったのは確実なのに、つかもうとすると手のなかで記憶が(くだ)けてしまう。
 複雑な表情に気づいたのか、クロが「話せ」とそっけなく言った。

「話すことで未練の内容もだんだんと思い出せる」
「……わかってるよ。でもこれってプライベートなことでしょう?」

 せめてもの反抗はすぐに却下されるかと思ったのに、クロはひょいと立ちあがるとシロの隣に並んだ。

「じゃあ心のなかで自分に向かって話をしてみろ」
「自分に向かって? そんなのやったことないし」
「それが七海の弱さだな。未練解消に同行しはじめてから、七海の弱い部分がすぐにわかった。まあ、俺くらいになると朝飯前ってところだけどな。その弱さがお前をこの世に縛ろうとしているんだ」

 自慢げに胸を張ったクロ。

「私の弱さって?」
「なんでも人に聞くな。ちゃんと自分に話しかけてみろ」

 そんなこと言われたってよくわからない。
 戸惑っていると、今度は隣にシロがどんと腰をおろした。

「じゃあ僕が聞く。七海ちゃんの彼氏のこと聞きたい」
「え……」
「七海ちゃんは思い出したまましゃべってくれればいいよ。僕がとなりで、ふんふんって聞いてるから」

 無邪気な笑顔のシロがうらやましい。

「恋を知らないお前が役に立つとは思えんがな」

 クククと低い声で笑うクロに、
「僕だってちゃんと知っています」
 シロが言い返した。

「恋をするとお腹が空くなんてやつが、知っているとは思えないけどな」
「ひどい!」

 傷ついた顔で抗議するシロは、もう瞳が潤んでいる。
 クロとシロは本当によいコンビだ。って、ここで泣かれたらまた大変になる。

「わかった。話してみるから」

 そう言った私に、シロはうれしそうにうなずいた。