「急に話しかけられたら困るよね」

 緊張は、確実にバレているようだ。
 黒髪の彼が空を見あげたので、私もつられて顔をあげる。

「空だってこんなに広いんだね。これまではマンションの低層階に住んでいたから、ちょっと驚いているよ」

 鼻の形がきれいだと思った。身長はそれほど高くないけれど、たった一歳の差なのにすごく大人な雰囲気を感じる。

「昔から夕日を眺めるのが好きだったんだ。前に住んでいたところではビルにすぐ隠れちゃうからなかなか見られなかったけど、夕日ってこんなにきれいなんだね」
「あ、はい」
「君も夕日が好きなの?」

 その質問に秒で「はい」と答えていた。

「昔から火曜日と木曜日はここで夕日を見ているんです。季節によって、日によって、いろんな色になるんですよ。特に今日の夕日は本当にきれい。まるでオレンジの海みたいですよね」

 つい興奮して話をしてしまった。
 ギュッと口にブレーキをかける私に、彼は少し目を丸くしてから「そっか」とうなずいた。

 絶対ヒかれたに決まっている。違う話題に切り替えないと。

「あの、どこから引っ越してきたのですか?」

 最後は消え入りそうになる声。
 クラスの男子には平気でツッコミを入れられるのに、初対面の上級生にはうまくできなかった。

「東京から。君のその制服は俺のとは違うから、学校は別みたいだね」
「私はあそこの中学に通っています」

 立ちあがり、指さす先を彼は目を細めて眺めた。

「学校は楽しい?」
「ええ、まあ……」
「家は近いの?」
「ええ、まあ……」

 同じ言葉でしか返せずにいると、彼は小さく笑った。そして体ごと私に向くと、鼻の頭をぽりぽりとかいた。

「よかったら俺と友達になってくれない?」
「友達!?」
「友達って大げさかな。じゃあ、夕日仲間ってのはどう?」

 いいことを思いついたような口調で彼は言った。
 彼の顔がオレンジに染まるのを、私は不思議な気分で眺めていた。