いつか、眠りにつく日3

「彼氏って言ったのは間違い。これから彼氏になるはずだった人なの」

 頭を押さえているシロに訂正すると、よくわからない顔をした。
 そうだろうな、自分でもまだ整理できていない。
 恋人になるはずだった侑弥。恋人になるはずだった私。

 それなのに……。

「自分がすごく冷たい人に思える」

 そう口にすると、クロが口をへの字に結んだ。

「なんで?」
「だって、すごく好きな人だったのに忘れていたんだよ?」

 彼の笑顔が好きだった。
 最初は無口であまりしゃべらない人だったのに、会うたびに話をしてくれるようになっていった彼。
 片想いの期間が長かったぶん、恋人になれることがうれしかった。

 そう、まだ〝はじまってもいない恋人〟だったんだ。

「好きとか嫌いとか、そういう感情は俺にはわからない」

 そうだろうな、とクロの答えに納得しながら体を起こした。ひどく体が重く、節々(ふしぶし)が痛い。
 カレンダーの日付は五月十日を示している。

「また眠っちゃったんだ……」
「でも思い出せたなら意味がある眠りだ。さ、行くぞ」

 せっかちなクロは、もう保健室の扉へ足を進めている。

「侑弥が未練解消の相手なの?」
「知らん。ただ、可能性は高い。おい、さっさとしろ」

 最後の言葉は、まだ驚きの表情で固まっているシロに向けられたみたい。
 ぶうと膨れたシロが、のそのそとベッドからおりた。

「僕は好きになる気持ち、わかるよ」
「そうなの?」
「ワクワクしてたまらなくて、ものすごくお腹が空くんだよね」
「……ちょっと違うかも」

 ますます膨れるシロを見ないフリで歩きだすと、やっぱり体が重い。
 外に出ると、今日は曇り空みたい。梅雨にはまだ早いけれど、そのころにはもう私はこの世にいないんだ……。
 なんだか悪いことばかり考えてしまう。
 やっと好きな人のことを思い出せたのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。

 校門を出たところでクロが足を止めた。

「で、どっちに行くんだ?」
「えっと……」
「そいつ……侑弥の家は?」
「知らない」
「は?」

 拳でも入りそうなくらい大きく口を開けるクロに、私は必死で手を横に振った。

「だから、まだ正式にはつき合ってないんだよ。でも、最初に会ったのはもう何年も前なんだよ」
「友達から恋人になったとか、そういうやつか?」
「それともちょっと違う」
「わけがわからん」

 やっと口を閉じたクロが、やれやれという表情になった。なんだか恥ずかしくなり、私は足を右へ進めた。

「いつも会う場所は決まっているの。こっち」
 誰も信じないだろうな。私と侑弥が固い(きずな)で結ばれているなんて。

 ――そう、あれは三年前。私が中学二年生になる直前の春休みのことだった。