夢を、見た。

 高台にある公園のベンチで、私は誰かを待っている。
 夕暮れに包まれる公園のはるか向こうに、太陽がゆっくりと沈んでいく。町は複雑な陰影を作り、もうすぐ影ごと夜にのみこまれていく。

「お待たせ」

 大好きな声が聞こえ、私はそちらを見る。
 他校の制服姿の彼は右手を軽く挙げた。短めの黒髪、切れ長の目には似合わない八重歯が、彼をやわらかい印象に見せている。

 あなたは誰? 思い出せないの。

「七海」

 彼のまあるい声が耳に届いた。
 彼は私の大好きな人。ううん、大好きだった人。
 ああ、そっか……。今、思い出したよ。

 彼の名前は――。

桐島(きりしま)侑弥(ゆうや)

 その名前を口にすると同時に白い天井が目に入った。
 あ、やっぱり夢だったんだ。すぐにここが保健室だと理解できた。
 大好きな人の顔と名前を思い出せたのに、心が苦しいと叫んでいる。

「その人、だあれ?」

 シロが不思議そうに尋ねるので、「彼氏」と答えてから口をつぐんだけれど遅い。

「嘘! 七海ちゃんて彼氏がいたの!?」

 隣のベッドでガバッと起きあがったシロの頭を、ぱこんとクロがはたいた。

「うるさい! 記憶が戻ったばかりの人間に声をかけるな!」
「……うう」

 うめいているシロから視線を天井に戻した。
 そうだ、桐島侑弥は私の彼氏の名前だ。どうして忘れていたんだろう……。
 一度思い出してしまえば、すぐに彼の顔は頭に浮かぶ。

 ひとつ年上の高校三年生で、やさしい人。
 じわじわと胸のあたりの温度があがるけれど、さっき感じた苦しさも比例して大きくなっていくみたい。