素直にうなずく有希子さんに、
「お母さん、誰と話をしているの?」
 不思議そうに凛ちゃんがあたりを見回した。

「案内人さん。これからあっちの世界へ行くのよ」
「そっか」

 あっさりとうなずいた凛ちゃん。私だったら号泣する場面なのに、なぜか凛ちゃんはニッコリと笑みを浮かべている。

「お母さん、よかったね」

 ぽろり。
 笑いながら凛ちゃんは泣いていた。

「病気の痛みも、もうないんだね。やっと、やっとラクになれるんだね」
「ありがとう、凛。どうか元気でいてね。あと火の元には気をつけて、あと――」
「わかってるって」

 ひょいと立ちあがった凛ちゃんがゴシゴシと手の甲で涙を拭った。

「お母さんは心配しすぎなの。私は大丈夫だから……大丈夫、だから……」

 ぐにゃりと顔をゆがませた凛ちゃんが、有希子さんの胸に飛びこんだ。

「凛!」

 抱き合うふたりの光が一瞬大きく燃えあがり、そして徐々に色を失っていく。

「未練解消が終わるんだね」

 そう言う私に「ああ」とクロはうなずいた。

「今度はお前の番だ。できるな?」
「涙の意味の説明はまだ?」
「そんなの自分で考えろ。よし、行くぞ」

 有希子さんに声をかけたクロが右手を挙げると、周りにドライアイスのような煙が生まれた。

「お母さん、またね」
「凛も、またね」

 手を振るふたりはもう二度と現世で会うことはない。だけど、凛ちゃんならきっと大丈夫だと思った。

 今、ふたりの体から金の光が消えた。

「あ……」

 つぶやいた凛ちゃんが、もう一度家を見あげた。

「私、なにしてたんだっけ……」

 キョロキョロとあたりを見回してから、凛ちゃんは家へ戻っていく。
 その背中に『がんばって』と心で声をかけた。

「七海さん、ありがとう。本当にありがとうございました」

 深くお辞儀をしてからあげた有希子さんの顔は晴れ晴れとしていた。

「私もがんばります。だから、先に行っててください」
「はい。クロさん、よろしくお願いいたします」
「お前までクロ、って呼ぶな!」

 わめくクロの声だけを残し、ふたりは煙に包まれ見えなくなった。


 私ひとりが残された庭には、春の暖かい日差しが降り注いでいた。