「すごい。凛ちゃんてすごいですね」

 横を見ると、有希子さんはすでに泣き崩れていた。
 私だったらあんなふうにできない。きっと泣いて暮らしていたに違いない。

「おい、有希子。もういいだろ。今度はお前が勇気を見せる番だ」

 クロがそう言うと、有希子さんは何度もうなずいて立ちあがった。朝日にも負けないほどの強い光が体から燃えあがっている。

 凛ちゃんはしばらくぼんやりと立っていたが、やがてため息をつくと玄関へ歩きだした。

「凛……」

 声にハッと立ち止まった凛ちゃんが、ゆっくりと木のほうへ視線をやった。

「お母さん……?」
「凛!」

 両手を広げて近づく有希子さんに、凛ちゃんの顔が一瞬で泣き顔に変わる。

「お母さん!」

 駆け寄って抱き合うふたりは、勢いそのままに芝生(しばふ)に倒れこむ。それでも、何度もお互いの名前を呼び合っている。

「お母さん、お母さん!」
「凛。ごめんね、本当にごめんねぇ」

 気づくと私の頬にも涙がこぼれていた。
 ふたりが再会できてよかった。有希子さんが未練解消できて本当によかった。
 クロが私の隣に立った。

「あのふたりが流しているのが、本当の涙だ」
「え?」

 こんなときになに? きょとんとする私に、クロは私の頬を指さした。

「お前のは違う。まだ本当の涙を出していない」
「なにそれ。今はそんなこと言っているときじゃないでしょ」

 ほんと、デリカシーのない人だ。
 ようやく落ち着いたらしく、ふたりは体を離した。メガネを拭いてかけなおした凛ちゃんが「そっか」とつぶやいた。

「生き返ったのかと思ったけど、違うんだ」
「ごめんなさい」

 うなだれる有希子さんに、凛ちゃんは首を横に振った。

「最後に会いに来てくれてうれしい。さっきの見てた? 吉野のこと追い払ってやったんだよ」
「見てたわよ。でも、あんなこと言って大丈夫なの?」

 心配そうに手を伸ばし、頬にこぼれた涙を拭ってあげる有希子さんに、
「大丈夫」
 ニカッと笑い返す凛ちゃん。

「警察は呼んでないよ」
「でも、それじゃあまた来ちゃうじゃない。留学の話も嘘でしょう?」
「もちろん。でもね、引っ越すのは本当なの。山口県に行くんだよ。みっちゃんの家の近くにマンションを借りたんだ」
「え、従妹のみっちゃんのこと?」

 顔を曇らせる有希子さんに、凛ちゃんは家を見あげた。

「ここにいると悲しくってね。みっちゃんに相談したらすぐに動いてくれたの。友達と別れるのはつらいけど、もともと大学もみっちゃん家の近くのところに行きたかったしね。あっちの高校に担任の先生が推薦状を書いてくれたんだ」
「でも、あの人のしつこさは異常よ。調べないかしら?」

 有希子さんの不安そうな顔に、凛ちゃんは「大丈夫」と力強く言った。

「周りの人たちには留学するってことで口裏を合わせてもらってるし、大学に入ったら本当に留学する予定なの」
「そうなのね……」

 ようやく安心した表情になった有希子さんが、またはらはらと泣いた。

「お母さん、ありがとう。もう会えないと思ってたからうれしい」
「うん。うん……」

 ゴホン、と咳ばらいをしたクロが「有希子」と言った。

「はい」
「そろそろ未練解消の時間が終わる。ちゃんと別れを言っておけ」
「わかりました」