さっきの男性は、亡くなったのはおばあちゃんじゃなく私だと言っていた。
 バカらしい。だったらここにいる私はなんなのよ。

「でも……」

 つぶやく声はすぐに白い息に変わり、夜に溶けていく。
 そもそもおばあちゃんはなんで亡くなったんだろう。
 たしか、総合病院の九階に入院していたはずだけど、今いた病院ではエレベーターに乗った記憶がない。

 ひょっとしたら救急室みたいなところで亡くなったのかな……。

 思い出そうとしても、頭痛があまりにもひどく、記憶がぽろぽろこぼれていくようだった。
 かといって、さっきの黒ずくめの男性の言葉を信じるほど子供じゃない。
 今になってまた怒りがこみあげてくる。
 はじめて会った男に、なんであんな失礼な口調で命令されなくちゃいけないのよ。

 怒りを足音に変えて家までの道を進んでいると、
「あの……」
 どこからか声が聞こえた気がした。

 まさか、さっきの男性にあとをつけられていた!?
 おそるおそる振り返ると、少し離れた場所に私と同い年くらいの男子が立っていた。
 が、すぐに体に緊張が走る。

 その男子が普通じゃないと脳が判断したからだ。
 外国の人らしく、金髪に近い茶色の髪はふわふわとパーマがかかっている。顔は幼く、目はまんまるとだ。
 普通じゃないのは顔ではなく、彼が着ている洋服だ。まるで教会の神父さまが着るような白色の一枚布を羽織(はお)っている。いくらなんでも怪しすぎる。

 ……ひょっとしたらなにかの勧誘とか?

「あの、あのですね……」

 モゴモゴと口にして上目遣いで見てくる男子。頭のなかで警告音が響いている。
 これは非常にまずい展開だ。じりじりとあとずさりをしながら、いつでも大声を出せるように肺にたくさん空気を入れる。

「あの、話がありまして」

 かわいらしい声に、ふと気づく。まさか、これって(ぞく)に言うナンパってこと……?
 人生初のナンパがこんな日じゃなくてもいいのに、と思う一方で、さっきの黒服の男性が言ったことをまた思い出す。
 ナンパされるってことは、相手から私は見えているってこと。つまり、死んでいないってことだ。
 やっぱりからかわれたんだと、あの男性へのムカムカが再燃する。

「えっと」

 私の苛立ちなんて知るわけもなく、彼は口を開いた。

「七海ちゃんに伝えたいことはですね――」
「は?」

 思わず聞き返していた。

 今、私のこと名前で呼んだの?

 気弱に首をかしげてから、「ああ」と彼はうなずいた。

「すみませんでした。ちゃん、なんて呼んで失礼ですよね。僕が雨宮七海さんに伝えなくてはならないことは――」
「なんで私の名前を知っているの?」

 怖さよりも怒りのほうが先に立っているみたい。気づくと、足が勝手に男子に向かって進んでいた。