「帰ってください」
はっきりと口にした凛に吉野はムッとしたらしく、
「おい」
さっきよりも低い声を出した。
「お前、調子に乗ってんなよ。いいから、なかに入れろ」
「嫌です。それ以上近づくと大声を出します」
まっすぐに吉野を見てから、
「用事はなんですか?」
と凛ちゃんは尋ねた。
「実はさ、俺、有希子の借金を代わりに返してるんだよ」
隣で「嘘つき」と有希子さんがつぶやいた。
吉野はいかにも困ったような顔を貼りつけている。
「だからさ、遺産を少し分けてもらえる? 有希子の通帳ってまだ止められたまま?」
「知りません」
「凛用に作っている通帳もあっただろ。ほら、有希子の親が亡くなったときに作ったやつだよ」
「知りません」
あくまで単調に答える凛ちゃんに、
――ガシャン!
吉野が門を蹴った。
「いい加減にしろよ! 俺だって有希子の財産を相続する権利があるだろ!」
不思議だった。凛ちゃんの表情からはなんの動揺も見られない。
むしろ、どこか吉野を憐れんでいるようにすら見えた。
「ヨシノサン」
平坦な声で名前を呼んだ凛ちゃんに、
「ん? 思い出したか?」
吉野の目が光るのを見た。
「残念ながら離婚した以上、あなたは他人です。遺産の権利はもうないんです」
「おいおい、やめてくれよ。この家だってそもそも夫婦の名義だったし、俺にだって権利はあるはずだろ?」
「それがですね、ないんです」
あっさりと口にした凛ちゃんが門へ近づく。
「危ないよ!」
叫んでも聞こえるはずもなく、凛ちゃんは吉野のそばまで行くと大きく息を吐いた。
「あなたは離婚の際に、養育費を拒否する代わりに家の権利を放棄しています。弁護士さんはちゃんとした書類に署名したと言っていましたよ」
「な……。あれは、しょうがなくなんだよ。なあ、いいからちょっとだけでいいから貸してくれよ。もちろんすぐに返すから」
すがるような口調で言う吉野に、凛ちゃんは首を横に振った。
「もう話すことはありません。お帰りください」
――ガシャン!
再び門が蹴られた。
「お前、ふざけんなよ!」
「ふざけていません。もうすぐ警察が来ますよ」
「な……」
「さっき警察に電話したんです。注意されるの、これで何回目ですか?」
笑みさえ浮かべる凛ちゃんに、吉野は顔を真っ赤にした。
「お前……。俺はあきらめねーぞ」
「あきらめてください。私、引っ越すんです」
予想もしていなかったのだろう、吉野は絶句したように口をパクパクさせた。
クロと視線が合った。肩をすくめるクロは知っていたのだろう。
「留学するんです。そのままその国で働くか、戻ってきたとしても違う土地で暮らします。だから、会うのは今日が最後になります」
「おい、なんだよそれ……」
「あなたは最低の父親でした。あ、お待ちください」
ポケットに入れたスマホを耳に当てると、凛ちゃんは「はい、私です」と吉野を見たまま言った。
「ええ、目の前にいます。今、脅されています。ええ、言われたようにちゃんと録音しました。あと二分ですね。お待ちしています」
吉野は「ヤバい」と叫んで逃げ出していく。
それを見送る勝利の笑顔は美しかった。
はっきりと口にした凛に吉野はムッとしたらしく、
「おい」
さっきよりも低い声を出した。
「お前、調子に乗ってんなよ。いいから、なかに入れろ」
「嫌です。それ以上近づくと大声を出します」
まっすぐに吉野を見てから、
「用事はなんですか?」
と凛ちゃんは尋ねた。
「実はさ、俺、有希子の借金を代わりに返してるんだよ」
隣で「嘘つき」と有希子さんがつぶやいた。
吉野はいかにも困ったような顔を貼りつけている。
「だからさ、遺産を少し分けてもらえる? 有希子の通帳ってまだ止められたまま?」
「知りません」
「凛用に作っている通帳もあっただろ。ほら、有希子の親が亡くなったときに作ったやつだよ」
「知りません」
あくまで単調に答える凛ちゃんに、
――ガシャン!
吉野が門を蹴った。
「いい加減にしろよ! 俺だって有希子の財産を相続する権利があるだろ!」
不思議だった。凛ちゃんの表情からはなんの動揺も見られない。
むしろ、どこか吉野を憐れんでいるようにすら見えた。
「ヨシノサン」
平坦な声で名前を呼んだ凛ちゃんに、
「ん? 思い出したか?」
吉野の目が光るのを見た。
「残念ながら離婚した以上、あなたは他人です。遺産の権利はもうないんです」
「おいおい、やめてくれよ。この家だってそもそも夫婦の名義だったし、俺にだって権利はあるはずだろ?」
「それがですね、ないんです」
あっさりと口にした凛ちゃんが門へ近づく。
「危ないよ!」
叫んでも聞こえるはずもなく、凛ちゃんは吉野のそばまで行くと大きく息を吐いた。
「あなたは離婚の際に、養育費を拒否する代わりに家の権利を放棄しています。弁護士さんはちゃんとした書類に署名したと言っていましたよ」
「な……。あれは、しょうがなくなんだよ。なあ、いいからちょっとだけでいいから貸してくれよ。もちろんすぐに返すから」
すがるような口調で言う吉野に、凛ちゃんは首を横に振った。
「もう話すことはありません。お帰りください」
――ガシャン!
再び門が蹴られた。
「お前、ふざけんなよ!」
「ふざけていません。もうすぐ警察が来ますよ」
「な……」
「さっき警察に電話したんです。注意されるの、これで何回目ですか?」
笑みさえ浮かべる凛ちゃんに、吉野は顔を真っ赤にした。
「お前……。俺はあきらめねーぞ」
「あきらめてください。私、引っ越すんです」
予想もしていなかったのだろう、吉野は絶句したように口をパクパクさせた。
クロと視線が合った。肩をすくめるクロは知っていたのだろう。
「留学するんです。そのままその国で働くか、戻ってきたとしても違う土地で暮らします。だから、会うのは今日が最後になります」
「おい、なんだよそれ……」
「あなたは最低の父親でした。あ、お待ちください」
ポケットに入れたスマホを耳に当てると、凛ちゃんは「はい、私です」と吉野を見たまま言った。
「ええ、目の前にいます。今、脅されています。ええ、言われたようにちゃんと録音しました。あと二分ですね。お待ちしています」
吉野は「ヤバい」と叫んで逃げ出していく。
それを見送る勝利の笑顔は美しかった。