銀座通りをダッシュで抜け、右へ左へ無茶苦茶に走る。

 怖くて振り返れないまま、とにかく逃げろ、という脳の指示に従い走った。コンビニ、公園、駅前のロータリー。どこへ逃げても、あの女性に見つけられる気がした。

 結局、さっきハチと散歩をした川沿いの道まで戻ってしまった。ぜいぜいと息を吐きながら、土手をおり砂利道(じゃりみち)に倒れこむ。

「もう、どうなってるのよ……」

 呼吸を整えながら仰向けになる。せっかく回復した体力が奪われてしまったかのように疲れていた。
 こんなときなのに、久しぶりに見る夜空にはたくさんの星が光っている。
 今は何時くらいだろう。体を起こしてあたりを確認するけれど、歩いている人の姿もなく、急に心細くなってきた。

 あの女性は、吉野の奥さんだろうか。
 私の姿が見えるってことは、奏太さんと同じように霊が見えるってこと?

「どうしよう……」

 膝を抱えて暗い水面を眺める。吉野に未練があるとすれば、それは殺意。

 彼を殺すことが未練なのだろうか……。

 さっきは衝撃の事実に自分を見失いそうになったけれど、自分を殺した人を殺すことが私の最後の願いだとしたら悲しすぎる。
 風に乗って誰かの声が届いた気がして振り返った。まさか、あの女性が追ってきたとか……。

 身をかがめていると、
「七海ちゃーん」
 泣きそうに叫ぶ声が聞こえた。あの声は……シロだ。

「シロ!」

 土手を駆けあがると、向こうからシロがバタバタと走ってきた。こんなにもシロに会いたかったことはなかった。

 白い服をはためかせて駆けてきたシロはもう泣いている。

「よかったあ。どこへ行ったのかと思ったよぉ」
「ごめん。それより大変なの!」

 シロの服の袖をつかんで引き寄せながら、あたりを見回した。
 大丈夫、誰もいない。
 不思議そうな顔のシロと木製のベンチに並んで座り、私はさっきのことを話した。

 吉野の話をするとシロの顔は怒りに変わり、女性の話をすると真っ青になった。

「どういうことだと思う?」

 最後のまとめとして質問を投げかけるけれど、容量オーバーらしくぽかんと固まってしまう。

「あの女性、どうして私が見えているんだろう」
「それは……わからないよ、ごめん」
「ううん」
 と首を横に振ったのは本心から。

 シロと話をしていると少し落ち着いてくるのが不思議だった。

「七海ちゃんの本当の未練は、吉野って人を殺したいってことなの?」

 上目遣いで尋ねるシロに、あいまいに首を横に振った。

「さっきは殺してやりたい、って思ったけれど、よく考えたら吉野さんの体から光は出ていなかった。向こうから私の姿は見えていなかったし、たぶん違う」

 もしも未練解消の相手なら吉野から私の姿が見えたはず。
 冷静さを失っていたと反省する。

「じゃああまり関わらないほうがいいと思う」

 そうだろうな、と素直に思えた。明日から五月になるんだし、未練解消のタイムリミットまでは一カ月を切ることになる。

 恨みを晴らすより、未練の解消をすることに力を使わないと。

「ありがとう。シロと話せてよかった」
「僕もあまりそばにいられなくてごめんね」