銀座通りは駅裏にあるさびた商店街。吉野はスマホ決済でタクシー料金を支払うと、車を降りた。
 そばに立つ私に気づくことなく、脇道へ入っていく。

 道はどんどん細くなり、最後は一方通行になった。さらに進み、右へ左へ折れた行き止まりにびっくりするほど古いアパートが建っていた。
 さびた鉄製の階段をあがると、いちばん奥の部屋へ入っていく。目の前でパタンと閉められるドア。

 どうしよう……。迷いながらも、私は薄いドアに手を当てていた。
 なかに入ると同時に「うわ」と声を出してしまった。それは、あまりにも部屋が散らかっていたから。

 ワンルームという間取りだろう、キッチンと部屋が一緒になっている。
 家具はテレビくらいしかないのに、コンビニの弁当箱やビールの空き缶が散乱していた。

 テレビの前であぐらをかく吉野の手にはビールがあった。

 一気にあおると、
「くそ」
 と汚い言葉を吐いた。

 まるで怒りの感情だけで生きているような人だ。

 私の未練は、ひょっとしたらこの人を殺すことかもしれない。いや、そうじゃなかったとしても、このまま地縛霊になってとり()いてやりたい。
 こんな男のために自分の人生が終わったなんて、納得できないよ。
 そのときふいに誰かの気配を感じた。横を見ると開きっぱなしのトイレのドアから女性が出てくるところだった。

 奥さんがいるんだ……。

 男性の見た目とは違い、奥さんと思われる女性は年齢は近くてもまるで格好が違った。
 グレーのスーツに身を包み、きちんと整えられた髪はひとつに結んである。
 少し疲れた表情で男性のうしろに立つと、彼女は小さくため息をこぼした。

 ――そこから先のことはあまり覚えていない。

 数秒後にはアパートを飛び出し、私は夜道を必死で逃げていたのだから。
 それは、男性のうしろに立った女性がゆるゆると体ごと私に振り向いたから。
 まさか、という思いと、そんなはずはない、という思いが複雑に絡まり合うなか、女性は私の目を見て尋ねた。

 『あなたは、誰なの?』と。