病院の外は、夜の景色に落ちていた。
 さっき夕暮れを見た気がしていたのに、いつの間に時間が経っていたのだろう。

 私は……なにをしていたんだっけ?

 思い出そうとするそばから頭が痛みを生んだ。
 振り返らず早足で急げば、春の風はまだ寒くて季節が戻ったみたい。
 口からこぼれる白息をうしろへ流しながら病院を振り返っても、もう看板のほのかなライトが見えるだけだった。

 それにしてもさっきの人は、いったい誰だったんだろう……。
 
 不審者(ふしんしゃ)、というキーワードがすぐに頭に浮かんだ。
 そうだよ、そうに決まっている。
 初対面の葬儀屋が私の名前を知っているなんて怖すぎる。それに、家族が亡くなったときにあんな冗談を言うなんて信じられない。

 私が死んだ?

 まさか、と少し笑ってから不謹慎(ふきんしん)だと口を閉じた。
 手足はちゃんと動いているし、アスファルトを踏む感覚もあった。
 ああ、お母さんに声をかけずに病院を出てきてしまった。
 一瞬足を止めかけて、さらに速度をあげた歩きだす。
 もう一度あの男性に会うのは怖すぎる。とにかく家に戻り、お母さんにはそれから連絡をしよう。夜に制服で歩いているのはまずいだろうし。

 角を曲がると、見慣れた街並みが広がっていた。
 悲しみの実感はまだ、ない。
 それよりも、お父さんとお母さんにどんな声をかけてあげればいいのかわからない。

 おばあちゃんはお父さんにとっては実の母親だし、お母さんとの仲もすごくよかった。どんな言葉を伝えても、慰めにはならない気がする。
 家が近づくにつれ、だんだん気持ちが落ちこんでくる。

 ――大好きなおばあちゃんが亡くなったというのに、どうして泣けないんだろう?

 昔からそうだった。
 家でも高校でも、私はいつだって明るい雨宮七海だったから。
 演じているわけじゃないけれど、そうすることが普通になっていた。
 よく少女漫画とかでは、〝あれは本当の私じゃない〟なんて設定になりがちだけど、私の場合は本当の自分すら見つけられていない。

 いつも笑っていて、お笑いでいうとツッコミ担当。
 人と話をするのが大好きだけど、ひとりでいる自分も好き。
 カラオケだと盛りあがる歌を選ぶけど、ひとりのときは失恋ソングばかり聴いている。
 相談に乗ればポジティブな意見を言うのに、自分のことになるとうしろ向きな考えばかり浮かんでくる。

 どれが本当の自分なのか、切り取った断面(だんめん)ごとに違うからわからない。
 今だって、大好きなおばあちゃんが亡くなったのに涙のひとつも出ない。ううん、もうずっと泣くことができないでいる。
 最後に泣いたのがいつかも思い出せないなんて、自分がひどく冷たい人のように思えてしまう。