こんな人に私は殺されたんだ……。
 感じたことのない感情がお腹に生まれている。

「いや、母親だけ。……は? 知らねーよ。もう二度とごめんだ。そのためにお前がいるんだろうが!」

 憎い。この人が憎い……。
 お腹に手を当てて必死で落ち着かせる間に、男性は「ああ」とさっきより落ち着いた口調でうなずいた。

「いや、悪かった。先生は国選(こくせん)弁護人だもんな。でも、俺には先生しかいないんだよ。なあ頼むよ、なんとかしてくれよ」

 今度は泣き(おど)し。
 コロコロと表情と言葉を変えてから吉野はようやく電話を切った。

「おい」

 急にそう言われて悲鳴をあげそうになったけれど、彼の視線は運転席へ向いていた。
 そうだよね、私が見えるはずないもんね……。

「飲みはやめた。銀座通りの交差点で降ろしてくれ」
「かしこまりました」

 タクシーは右へ曲がり、細い道を進んでいく。

「こんな田舎町なのに、銀座通りとか笑えるよな」

 吉野は誰に言うでもなくつぶやくと、かったるそうに窓の外を見た。
 こんな人に殺されたなんて……。

「絶対に許さないから」

 そう言う声は心細くて、まだ震えていた。