「あ……」

 さっき思い出したばかりの記憶だ。私を撥ねた車を運転していた男性に間違いない。
 どうして私の家に来たの……?
 スリムな中年男性で年齢は四十歳くらい。だけど、髪を金に近い茶色に染めている。

「んだよ!」

 苛立ちを地面にぶつけるように、右足で地面を()った。

「わざわざ謝りに来てんだろうが!」
「帰ってください!」
 玄関で叫んでいるのはお母さん。足下にはひしゃげた白い紙箱があり、そこからショートケーキがいびつな形で転がっていた。
 お父さんはまだ帰っていないみたい。

「弁護士に言われたから来ただけだ。ちゃんと謝罪はしたからな!」

 だみ声で怒鳴る男性に、お母さんはボロボロと泣いていた。

「謝罪なんていりません。だったらあの子をもとに戻してよ。戻してよ!」

 一瞬気圧された顔になった男性が、舌打ちを残してタクシーに乗りこんだ。
 やっぱり、この人が私を()いたんだ……。

 私を殺した人……。

 迷う間もなくタクシーの後部ドアに手を当てた。ぞわりとした感覚に耐えてドアをすり抜けた。
 シートに腰をおろすと同時に車は走りだした。
 こっちをにらみながら泣いているお母さんの顔は、すぐに見えなくなった。

 体が震えていた。
 今、自分を殺した人の隣にいるんだ……。

 やっとの思いで隣を見ると、苛立ちを浮かべた横顔があった。男性は、体をシートに投げ出し、「んだよ」とブツブツ言っている。

「次はどちらへ向かいますか?」

 丁寧な口調のタクシー運転手の問いに、男性は舌打ちで答えてから「そうだな」とつぶやいた。

「飲みに行くから駅前へ行ってくれ」
「かしこまりました」

 男性はポケットからスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけようとしている。
 横顔がバックライトで照らされた。ひどく疲れた顔で、スリムというよりやせすぎの体。
 怒りを背負ったようなオーラが滲み出ていると思った。

「もしもし」

 スマホを耳に当てた男性が言った。

「俺、吉野。は? 吉野って言ってるだろ。先生は? ああ、待つよ」

 吉野、というのが私の命を奪った男性の名前なんだ。
 しばらく首をコキコキしていた男性だったが、やがて相手が電話口に出たらしく「先生か」と言った。

「言われた通り謝ってきた。これでいいんだろ? 怒り狂ってて手に負えなかった。わかってるよ、もっと早く行くべきだったって言いたいんだろ。忙しかったんだから仕方ないだろうが」

 なんて乱暴な口調なんだろう。怒りと苛立ちを顔と言葉に滲ませ、舌打ちまでしている。

「どうでもいいよ。んだよ、せっかく謝りに行ってやったのに、マジムカつくわ」