そうだ……。

 私は、この先にある交差点で事故に遭ったんだ。なんで思い出せなかったのだろう。
 車に()ねられる瞬間の映像が脳にこびりついたままはがれてくれない。
 ブレーキの音が響き渡り、直後にすごい衝撃が……。

 手の甲をハチが舐めているのに気づいて、顔をあげた。

「ハチ……」

 彼なりに気づいて、私を連れていかないようにしてくれていたんだ。

「ありがとう、ハチ」

 ひどく体が重い。同時に真冬の海に放り出されたように体が冷たい。
 ここにいてはいけない。
 なんとか歩きだすと、先を行くハチは何度も振り返ってくれた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 家に近づくにつれて、徐々に気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
 あの橋にある交差点が私の命が消えた場所だとしたら、もう近づかないほうがいいだろう。

 家に着くと、リードを小屋の前にある紐にくくり直した。
 ああ、疲れた……。
 そのまま地面に腰をおろし、足を伸ばす。
 やっぱりひとりで未練を探すのは大変なことかもしれない。とりあえず、自分の部屋でヒントを探して、今日はそのまま眠りたい。

 車のエンジン音が近づいてきたので立ちあがり、外を見ると、家の前にタクシーが停まったところだった。
 誰かが降りてきてインターホンを押している。鍵が開けられたらしく、滑るように家のなかに消えた。

 こんな夜にお客さんかな……?

 外から玄関のほうへ向かうと、タクシーはハザードランプをつけて停車していて、疲れた顔の運転手がスマホを眺めている。

 とりあえず私も家に入ろうと思ったときだった。いきなりドアがバンと音を立てて開いたのだ。
 逃げるように門から出てきた男性を見て、足が止まる。

 この人……見たことがある。