夕暮れは今日も終わりを告げようとしている。最後の抵抗のように、西の空だけがオレンジを残していた。
いぶかしげに私のうしろをついてくるクロ。
「なあ、こっちはお前の家があるところだろ? 何度も来たじゃないか」
鋭いクロに、
「ちょっと心当たりがあるんだ」
とごまかすと、渋々口を閉ざした。
すでにあたりは暗くなりかけている。歩きながら生きているときの未練を思い出そうと努力しているけれど、思い出せるのは両親とハチ、そして愛梨のことだけだった。
早く記憶が戻ればいいのに。
そう思ったときに、一度家に帰ろうと考えたのだ。
もちろん、クロに言うと怒られるのは間違いない。さりげなく戻り、手がかりを探そう。
「ねえ、今日は忙しくないの?」
いつもみたいにシロにバトンタッチすればいいのに。
けれどクロは「ああ」とうなずく。
「新人が対応しているから今日はフリーだ」
げ……。
「シロがやってるの?」
「そんなところだ」
これはまずい展開だ。クロが家までついてきたなら、絶対に嫌みを言われるに決まっている。
「あのさ、私、ひとりでも大丈夫だから、シロの様子を見に行ってあげたら?」
「は?」
「たぶんひとりのほうがなにかと思い出せると思うし……」
そんな言い訳が通用するわけがなく、クロは足を速めると私の前に立ちふさがった。
「お前、なにをたくらんでいる?」
「なにもたくらんでないよ。ちょっとひとりで考えたいな、って思っただけだよ。だって記憶を戻す手伝いはしてくれないんでしょう? だったら自分と向き合うのも悪くないかな、って」
嘘をつくときに饒舌になるのは昔からの癖。
どうかバレませんように……。
しばらく考えていたクロだったが、
「ふん、まあいい。あの新人じゃ心もとないのもたしかだからな。でも、ひとつだけ言っておく。家には戻るなよ」
う、と漏らしそうになる声をのみこみ、
「当たり前でしょ。近所に住む子のところに顔を出したいだけ。幼なじみの子がいてね、ひょっとしたら未練解消の相手かもしれないし」
とっさに思いついた言い訳をしてみる。
疑うようにじっと私を見てくるクロ。
「ちょっと顔が近いって」
のけぞる私にクロは、いつものようにわざとらしくため息をついた。
ひょっとして嘘がバレている?
「じゃあひとりでやってみろ」
「え、いいの? うん、わかった」
神妙にうなずいてみせた。
「何度も言うが、家には戻るな。心が乱されると未練解消への意欲が消えてしまうからな」
「うん、大丈夫だよ」
「なにか困ったら呼んでくれ」
右手を挙げたクロが白い煙に包まれるのを見て、ホッとした。けれど最後まで気を抜かずに見送る。
瞬きしている間に、クロは行ってしまったようだ。
ようやく家への道を歩きだす。
幼なじみの子がいることはたしかだけど、彼女とはもう何年も話すらしていない。別々の中学に進んだことで、あんなに仲がよかったのに今じゃ他人のように挨拶をする程度になっていた。
彼女が未練である可能性はほとんどないだろう。
いぶかしげに私のうしろをついてくるクロ。
「なあ、こっちはお前の家があるところだろ? 何度も来たじゃないか」
鋭いクロに、
「ちょっと心当たりがあるんだ」
とごまかすと、渋々口を閉ざした。
すでにあたりは暗くなりかけている。歩きながら生きているときの未練を思い出そうと努力しているけれど、思い出せるのは両親とハチ、そして愛梨のことだけだった。
早く記憶が戻ればいいのに。
そう思ったときに、一度家に帰ろうと考えたのだ。
もちろん、クロに言うと怒られるのは間違いない。さりげなく戻り、手がかりを探そう。
「ねえ、今日は忙しくないの?」
いつもみたいにシロにバトンタッチすればいいのに。
けれどクロは「ああ」とうなずく。
「新人が対応しているから今日はフリーだ」
げ……。
「シロがやってるの?」
「そんなところだ」
これはまずい展開だ。クロが家までついてきたなら、絶対に嫌みを言われるに決まっている。
「あのさ、私、ひとりでも大丈夫だから、シロの様子を見に行ってあげたら?」
「は?」
「たぶんひとりのほうがなにかと思い出せると思うし……」
そんな言い訳が通用するわけがなく、クロは足を速めると私の前に立ちふさがった。
「お前、なにをたくらんでいる?」
「なにもたくらんでないよ。ちょっとひとりで考えたいな、って思っただけだよ。だって記憶を戻す手伝いはしてくれないんでしょう? だったら自分と向き合うのも悪くないかな、って」
嘘をつくときに饒舌になるのは昔からの癖。
どうかバレませんように……。
しばらく考えていたクロだったが、
「ふん、まあいい。あの新人じゃ心もとないのもたしかだからな。でも、ひとつだけ言っておく。家には戻るなよ」
う、と漏らしそうになる声をのみこみ、
「当たり前でしょ。近所に住む子のところに顔を出したいだけ。幼なじみの子がいてね、ひょっとしたら未練解消の相手かもしれないし」
とっさに思いついた言い訳をしてみる。
疑うようにじっと私を見てくるクロ。
「ちょっと顔が近いって」
のけぞる私にクロは、いつものようにわざとらしくため息をついた。
ひょっとして嘘がバレている?
「じゃあひとりでやってみろ」
「え、いいの? うん、わかった」
神妙にうなずいてみせた。
「何度も言うが、家には戻るな。心が乱されると未練解消への意欲が消えてしまうからな」
「うん、大丈夫だよ」
「なにか困ったら呼んでくれ」
右手を挙げたクロが白い煙に包まれるのを見て、ホッとした。けれど最後まで気を抜かずに見送る。
瞬きしている間に、クロは行ってしまったようだ。
ようやく家への道を歩きだす。
幼なじみの子がいることはたしかだけど、彼女とはもう何年も話すらしていない。別々の中学に進んだことで、あんなに仲がよかったのに今じゃ他人のように挨拶をする程度になっていた。
彼女が未練である可能性はほとんどないだろう。