「すごいね、シロもああいうことできるの?」
「無理無理! 走って移動することしかできないよ」
案内人といってもいろいろなんだな。
教室の扉まで行き、ガラス戸越しになかを眺めた。
「あ……」
一瞬で記憶がぶわっと脳裏に流れこんでくるのを感じ、思わず声を出してしまった。
教壇に立ち、教科書を読んでいるのは、国語の先生だ。
その前で眠そうにあごに手を置いているのは、一年生のときも同じクラスだった河田くん。うしろはクラス委員の南さん。
どうして忘れていたのだろう、というほど一気によみがえる記憶に鼻の奥がツンとした。
涙なんてずいぶん出ていないというのに、やっぱり感情のバランスがおかしくなっているみたい。
「どう、なにか思い出せそう?」
誰にも聞こえないのに小声で尋ねるシロにうなずきながら、視線は窓側の席へと向かう。
私の席はまだ残されていて、当たり前だけど誰も座っていない。
そのひとつ前の席で、教科書をじっと見つめている女子がいた。
「愛梨……」
「あいり?」
「城田愛梨……。なんで、忘れてたんだろう」
ショートカットがトレードマークで、小柄で、だけど食べるのが大好きで、いつだって笑っていた愛梨。
『ほら、また食べこぼしてる』
『七海といると笑ってばっかりだから、顔にシワができちゃいそう』
彼女の甘い声が耳に届いた気がした。
中学からの大事な友達なのに、どうして忘れちゃっていたの?
扉に手を当て、なかに入ろうとする私の腕をシロがつかんだ。
「今行くのはまずいよ」
わかっている。だけど、どうしても愛梨に会いたいんだよ。けれど、シロはさらに腕に力をこめてくる。
「愛梨ちゃん、光ってる」
「え……」
見ると、愛梨の体の回りがキラキラと光っていた。
「愛梨が未練解消の相手なんだ……」
だとしたら、愛梨には私の姿が見えるってことだ。もし今見つかったら、パニックは避けられないだろう。
廊下に戻り、大きくため息をつく。なんだろう、ひどく疲れている。
「私の体も光るのかな?」
「それはわからない。だけど、愛梨ちゃんが未練のひとつであることはたしかなことだよ」
真剣な顔で言うシロ。もう一度愛梨を見た。午前の光に負けないくらい輝く体に、また涙がこみあがってくる。
このまま泣けるかも、と思ったけれど、すんでのところで涙は引っこんでしまった。
「これからどうすればいい?」
「うーん。ひとりになるときってないの?」
「休憩時間とか? 昼休みなら四十五分あるけど」
「それじゃあ足りない可能性もあるよね。夕方、帰る時間まで待ってみる?」
「うん」
すぐに同意したのは、どんどん重くなる体のせい。未練解消にはそうとう体力が必要なんだろうな……。
保健室に戻りながら、ずっと愛梨のことばかりを考えていた。
中学一年生で知り合った愛梨とは、家が近いのもあっていつも一緒だった。
推しは違えど好きなアイドルが同じグループだったし、スマホのゲームにも夢中になった。
昔は同じ髪型で揃え、『双子みたい』と友達にからかわれて、それがうれしかった。
そんな私たちが同じ高校に行くことは、当然の選択だったんだ。
「愛梨ともう一度話をしたい、っていう未練なのかな」
「きっとそうだよ」
未練の相手が見つかってすっかり安心したらしく、シロはのんきに答えている。
「なんか、つらいな……」
やっと思い出せたのに、会うことは私たちにとっての別れを意味している。
別れるために再会するなんて、そんなの苦しすぎる。
だけど、逃げちゃいけない。
志穂さんだってちゃんと自分の気持ちを伝えられたんだし、それが生きていく人にとって大切なことも知った。
すり抜ける元気もなく、保健室の扉を開けると保健の先生がいた。
保健指導でたまに会うくらいで、ほとんど会話らしい会話はしたことがない中年の女性だ。今は、うつらうつらと居眠りなんかしている。
「げ」
ベッドは満床だった。マスクをした女子と、カーテンを隔てた隣ではスマホを眺めている男子が横になっている。
「無理無理! 走って移動することしかできないよ」
案内人といってもいろいろなんだな。
教室の扉まで行き、ガラス戸越しになかを眺めた。
「あ……」
一瞬で記憶がぶわっと脳裏に流れこんでくるのを感じ、思わず声を出してしまった。
教壇に立ち、教科書を読んでいるのは、国語の先生だ。
その前で眠そうにあごに手を置いているのは、一年生のときも同じクラスだった河田くん。うしろはクラス委員の南さん。
どうして忘れていたのだろう、というほど一気によみがえる記憶に鼻の奥がツンとした。
涙なんてずいぶん出ていないというのに、やっぱり感情のバランスがおかしくなっているみたい。
「どう、なにか思い出せそう?」
誰にも聞こえないのに小声で尋ねるシロにうなずきながら、視線は窓側の席へと向かう。
私の席はまだ残されていて、当たり前だけど誰も座っていない。
そのひとつ前の席で、教科書をじっと見つめている女子がいた。
「愛梨……」
「あいり?」
「城田愛梨……。なんで、忘れてたんだろう」
ショートカットがトレードマークで、小柄で、だけど食べるのが大好きで、いつだって笑っていた愛梨。
『ほら、また食べこぼしてる』
『七海といると笑ってばっかりだから、顔にシワができちゃいそう』
彼女の甘い声が耳に届いた気がした。
中学からの大事な友達なのに、どうして忘れちゃっていたの?
扉に手を当て、なかに入ろうとする私の腕をシロがつかんだ。
「今行くのはまずいよ」
わかっている。だけど、どうしても愛梨に会いたいんだよ。けれど、シロはさらに腕に力をこめてくる。
「愛梨ちゃん、光ってる」
「え……」
見ると、愛梨の体の回りがキラキラと光っていた。
「愛梨が未練解消の相手なんだ……」
だとしたら、愛梨には私の姿が見えるってことだ。もし今見つかったら、パニックは避けられないだろう。
廊下に戻り、大きくため息をつく。なんだろう、ひどく疲れている。
「私の体も光るのかな?」
「それはわからない。だけど、愛梨ちゃんが未練のひとつであることはたしかなことだよ」
真剣な顔で言うシロ。もう一度愛梨を見た。午前の光に負けないくらい輝く体に、また涙がこみあがってくる。
このまま泣けるかも、と思ったけれど、すんでのところで涙は引っこんでしまった。
「これからどうすればいい?」
「うーん。ひとりになるときってないの?」
「休憩時間とか? 昼休みなら四十五分あるけど」
「それじゃあ足りない可能性もあるよね。夕方、帰る時間まで待ってみる?」
「うん」
すぐに同意したのは、どんどん重くなる体のせい。未練解消にはそうとう体力が必要なんだろうな……。
保健室に戻りながら、ずっと愛梨のことばかりを考えていた。
中学一年生で知り合った愛梨とは、家が近いのもあっていつも一緒だった。
推しは違えど好きなアイドルが同じグループだったし、スマホのゲームにも夢中になった。
昔は同じ髪型で揃え、『双子みたい』と友達にからかわれて、それがうれしかった。
そんな私たちが同じ高校に行くことは、当然の選択だったんだ。
「愛梨ともう一度話をしたい、っていう未練なのかな」
「きっとそうだよ」
未練の相手が見つかってすっかり安心したらしく、シロはのんきに答えている。
「なんか、つらいな……」
やっと思い出せたのに、会うことは私たちにとっての別れを意味している。
別れるために再会するなんて、そんなの苦しすぎる。
だけど、逃げちゃいけない。
志穂さんだってちゃんと自分の気持ちを伝えられたんだし、それが生きていく人にとって大切なことも知った。
すり抜ける元気もなく、保健室の扉を開けると保健の先生がいた。
保健指導でたまに会うくらいで、ほとんど会話らしい会話はしたことがない中年の女性だ。今は、うつらうつらと居眠りなんかしている。
「げ」
ベッドは満床だった。マスクをした女子と、カーテンを隔てた隣ではスマホを眺めている男子が横になっている。