通りへ出ると、学校までの道を歩く。
すでに通勤や通学の人もおらず、春の陽気のなか、主婦たちが道端でゲラゲラ笑っている。
学校までの道はちゃんと思い出せている。くり返すうちに、記憶が徐々に呼び覚まされているような感覚だった。
「で」
横を歩くクロが目だけをこっちへ向けた。
「学校での未練の相手は思い出せたのか?」
「まだなんだよね。一度、教室に行ったっきりだし、ぼやんとみんなの顔が浮かぶ程度だった」
「行けばわかるさ」
なんでもないことのように言うクロに、
「うん」
とうなずいて歩く。
「この町でも、毎日何人もの人が亡くなるって言ってたよね? それってクロは事前にわかるの?」
「まあな」
ポケットから手を出し、クロが右のほうを指さした。
「午前中は、十時九分にあそこの家でひとり。十時三十六分に駅前の交差点でひとり、十一時三分に総合病院でひとり。十一時二十三分に五丁目でひとりってところだ」
「午前だけでそんなに? その情報をすべて覚えているんだ?」
「勝手に頭に入ってくるんだよ。これに他の動物も加わるから毎日大忙しだ」
亡くなった人に、未練解消のことを伝える仕事か……。
私にはできない仕事だな。悲しんでいる人にどんな声をかけてあげればいいかなんて、きっと一生わからないだろうし。
って、もう私の一生は終わってるのか。
「私がんばるから、クロはもう次の仕事に行っていいよ」
親切心で言ったのに、クロは口をへの字に曲げて不満を示した。
「また逃げられたら困るから遠慮しておく」
「逃げないって約束する。それに、シロもいるし」
「シロ?」
きょとんとしたクロだったけれど、すぐに「ああ」とうなずく。
「あいつはただの新人だ。なんの役にも立たない」
「そんなことないよ。すごくがんばっているんだから」
「でも使えない。すぐに泣く案内人なんて、プロとは言えないからな」
先輩としての厳しい評価だ。このことはシロには内緒にしておこう。
学校へ続く角を曲がると同時にうしろからバタバタと足音が聞こえてきた。
振り向くと、
「ああ、よかった! 七海ちゃん、よかったよぉ」
当のシロが焦った様子で駆けてくるところだった。
その瞳には、やっぱり涙が浮かんでいた。
授業中の廊下を歩くのは背徳感がある。
しんとした廊下には足音がいつもより大きく響き、教室からは先生の声と、たまに生徒の笑い声が漏れている。
遅刻してきたときのように、息を潜めて歩いてしまう。
二年一組の教室が見えてくると同時に足が勝手に止まってしまった。
「大丈夫?」
心配そうに声をかけてくるシロにうなずく。
七日間も寝ていたんだし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。未練解消ができなかったら、新人であるシロの評価はきっと下がるだろうし。
「新人、あとは任せた」
壁にもたれたクロがそう言った。
「え、僕だけですか?」
「俺は忙しい」
冷たく言ってから「いいな?」とクロは私に尋ねた。
「十時九分になるからね」
「そういうことだ」
私たちの会話にシロは眉をひそめている。
「くれぐれも教室でパニックを起こさせるなよ。体の光った相手を見つけたら、ふたりきりになれる場所までうまくおびき出す。そして、捕まえる」
「捕まえる、って虫じゃないんだから」
あいかわらずの言いかたにツッコミを入れていた。いつもの自分に戻れた気がして、少し笑う。
クロが右手を軽くあげると、彼の体は白い煙で包まれた。
「期待している」
その言葉だけを残し、クロの姿は見えなくなってしまった。
出現するときも去るときも、あっさりだ。
すでに通勤や通学の人もおらず、春の陽気のなか、主婦たちが道端でゲラゲラ笑っている。
学校までの道はちゃんと思い出せている。くり返すうちに、記憶が徐々に呼び覚まされているような感覚だった。
「で」
横を歩くクロが目だけをこっちへ向けた。
「学校での未練の相手は思い出せたのか?」
「まだなんだよね。一度、教室に行ったっきりだし、ぼやんとみんなの顔が浮かぶ程度だった」
「行けばわかるさ」
なんでもないことのように言うクロに、
「うん」
とうなずいて歩く。
「この町でも、毎日何人もの人が亡くなるって言ってたよね? それってクロは事前にわかるの?」
「まあな」
ポケットから手を出し、クロが右のほうを指さした。
「午前中は、十時九分にあそこの家でひとり。十時三十六分に駅前の交差点でひとり、十一時三分に総合病院でひとり。十一時二十三分に五丁目でひとりってところだ」
「午前だけでそんなに? その情報をすべて覚えているんだ?」
「勝手に頭に入ってくるんだよ。これに他の動物も加わるから毎日大忙しだ」
亡くなった人に、未練解消のことを伝える仕事か……。
私にはできない仕事だな。悲しんでいる人にどんな声をかけてあげればいいかなんて、きっと一生わからないだろうし。
って、もう私の一生は終わってるのか。
「私がんばるから、クロはもう次の仕事に行っていいよ」
親切心で言ったのに、クロは口をへの字に曲げて不満を示した。
「また逃げられたら困るから遠慮しておく」
「逃げないって約束する。それに、シロもいるし」
「シロ?」
きょとんとしたクロだったけれど、すぐに「ああ」とうなずく。
「あいつはただの新人だ。なんの役にも立たない」
「そんなことないよ。すごくがんばっているんだから」
「でも使えない。すぐに泣く案内人なんて、プロとは言えないからな」
先輩としての厳しい評価だ。このことはシロには内緒にしておこう。
学校へ続く角を曲がると同時にうしろからバタバタと足音が聞こえてきた。
振り向くと、
「ああ、よかった! 七海ちゃん、よかったよぉ」
当のシロが焦った様子で駆けてくるところだった。
その瞳には、やっぱり涙が浮かんでいた。
授業中の廊下を歩くのは背徳感がある。
しんとした廊下には足音がいつもより大きく響き、教室からは先生の声と、たまに生徒の笑い声が漏れている。
遅刻してきたときのように、息を潜めて歩いてしまう。
二年一組の教室が見えてくると同時に足が勝手に止まってしまった。
「大丈夫?」
心配そうに声をかけてくるシロにうなずく。
七日間も寝ていたんだし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。未練解消ができなかったら、新人であるシロの評価はきっと下がるだろうし。
「新人、あとは任せた」
壁にもたれたクロがそう言った。
「え、僕だけですか?」
「俺は忙しい」
冷たく言ってから「いいな?」とクロは私に尋ねた。
「十時九分になるからね」
「そういうことだ」
私たちの会話にシロは眉をひそめている。
「くれぐれも教室でパニックを起こさせるなよ。体の光った相手を見つけたら、ふたりきりになれる場所までうまくおびき出す。そして、捕まえる」
「捕まえる、って虫じゃないんだから」
あいかわらずの言いかたにツッコミを入れていた。いつもの自分に戻れた気がして、少し笑う。
クロが右手を軽くあげると、彼の体は白い煙で包まれた。
「期待している」
その言葉だけを残し、クロの姿は見えなくなってしまった。
出現するときも去るときも、あっさりだ。