家に着くと玄関のドアは鍵が閉まっているらしく開かない。
 一週間も寝こんでいたなら、私のお葬式も終わっちゃったんだろうな。
 きっと、お父さんとお母さんは、悲しみを抱えながらも日常に戻っているのだろう。

 いつまでも悲しんでほしくないからよろこぶべきなんだろうけれど、それはそれでさみしいな……。
 手のひらをドアに当て、『すり抜けろ』と命じてみた。すると、まるでゼリーのなかに手を入れるようにすんなり吸いこまれた。
 そのまま前に進むと、ずぶずぶと体が入っていく。

「うわ……」

 ぬらりとした感触に、体中に鳥肌が立つようで気持ちが悪い。

 なんとか家のなかに入り、
「お父さん、お母さん!」
 と一応呼びかけた。

 けれど、家のなかには誰の姿もない。
 もしいたとしても、私の姿は見えないんだ。私はもう二度と、ふたりと話をすることができない。

「ああ……」

 わかっていたのに、なんとかしたくて来てしまった。ぐったりとソファに体を預け、家のなかを見渡した。
 お父さんの希望で最近買いかえた大型テレビ、ブルーのカーテンはお母さんの好み。壁には同じカレンダーがみっつかけてあり、そこに各自が予定を記入することになっている。

 なにもかも、ぜんぶが過去のことなんだ……。

 時間は私だけを置き去りにして進んでしまったんだ。
 取り残された私は、ひとり、本当に死ぬための準備をしている。
 そっか、クロが前に言っていたよね。生きている間に、なんでもっと気持ちを言葉にしなかったんだ、って。
 今になって思う。もっと言えばよかった。もっとそばにいればよかった。

 自分に不都合な真実には目をつむり、見たい景色だけを眺めていた気がする。

「今さら気づいても遅すぎるよ……」

 急に寒気が背筋を()いあがったかと思うと、口から白い息が漏れた。
 感情が不安定になると寒さを感じるみたい。
 こういう感情になるから、クロは家にいさせたくなかったのかもしれない。

 なにか気持ちがあがることはないか……。

 そうだ、と立ちあがった。
 ハチだけは私のことが見られるんだった。ハチに(なぐさ)めてもらおう。
 窓を開け、シャッターをもどかしく開けるけれど、

「……ハチ?」

 犬小屋の前でハチは横たわっていた。

「ハチ、寝ているの?」

 こちらに背を向けて微動だにしない。
 胸のあたりを見ても上下していない。近づいても目は静かに閉じたまま。口が半開きになって、舌がだらんと垂れ下がっている。

「嘘、嘘でしょう!?」

 ハチの体を揺さぶろうとしたときだった、肩に手が置かれた。
 振り返ると、クロが怖い顔をして立っていた。

「お前、なにやってんだ?」
「あ……」
「未練解消はどうした? 起きられるようになったのなら、なんで学校で未練解消の相手を探していないんだよ」

 言っていることはもっともなこと。だけど、今はそれどころじゃない。

「違うの。違うの!?」

 叫びながらハチを見ると、彼はちょこんとお座りをしていた。
 尻尾がメトロノームみたいにチクタク。

「ハチ、ああよかった……」

 抱きしめるとあたたかい。寝てただけだったんだ……。