そのときになって、私は気づいた。
「あれ……。奏太さんは私だけじゃなく、志穂さんの姿も見えるの?」
「そういうことだ」
クロが静かな声で言った。
奏太さんは軽く首を振ってから、意を決したように顔をあげた。
「俺のせいなんだ。志穂さんがこの世に居続けるのは、俺のせいなんだよ」
「違う。私が、私がっ」
両手で顔を覆って泣く志穂さんに、奏太さんは「違う」とまた言った。
ひどく重い声に聞こえた。
「俺が君を見つけたのは、春の日だった。桜も散らす雨の夕方に、君はぼんやり光っていた」
「光って……?」
志穂さんが小さく口を開いた。
「遠くからでもその光はよく見えた。まるで光に吸い寄せられるように、僕は君と出逢ったんだ」
「待って……」
思い出したのか、何度も首を横に振りながら志穂さんは涙をこぼした。
「はじめて会ったとき、君はもう亡くなったあとだったんだよ」
「なっ……」
志穂さんの体が軽く揺れた。
私も「嘘でしょ……」と思わず声に出していた。
首をゆるゆると横に振り、志穂さんは木にもたれかかってあえいでいる。
「聞いてほしい」
奏太さんが言った。
「昔から霊になった人が見えるんだ。あの日も、学校の帰り道、桜の木が光っていた。きっと、霊がなにかやっているんだろうなと見に来た。そうしたら、蛍のように光る君が、美しい桜を背負って立っていたんだ」
「やめて……もう言わないで」
「雨に濡れて泣く君がかわいそうで、思わず自分の傘を渡してしまった」
「やめて!」
両手を頭で押さえ、その場にうずくまる志穂さんに、奏太さんは「ごめん」とつぶやいた。
サーッと雨の音が強くなり、残り少ない花にその雫を打ちつけている。
やがて、ゆっくりと顔をあげた志穂さんの体からは黒い炎が燃えていた。
「……どうして」
ささやくような声は低く、目は赤く光っていた。
恐怖はなかった。むしろ泣きたい気持ばかりがこみあがってくる。
普段は泣けないのに、どうしてこんなときに……。ぐっとこらえていると、志穂さんがゆらりと一歩前に出るのが見えた。
彼女の悲しみや怒りが黒い炎になり、どんどん大きくなっている。
「どうしてそんなことを言うの? 私は一年生の春にあなたに会った。死んでしまったのは三年生だったはず。奏太さん、どうして嘘をつくの? そんなに私のことが嫌いになったの?」
「君は、入学式の日に亡くなったんだよ。亡くなって数日後の雨の夕方、桜の木の下で泣いているのを見つけたんだ」
「嘘! そんなの嘘っ!」
咆哮のような声に、すごい勢いで桜の枝と葉が揺れた。一気に桜雨が降り注いでくる。
奏太さんが志穂さんに歩みを進めた。
「危ない!」
駆け出そうとするシロが、派手に転んだ。
クロが足をかけたらしく、
「余計なことはするな」
と、肩をすくめた。
このまま見てろってこと……?
「俺が君に傘を渡してしまったから、俺が君に会いたくなってしまったから……」
「なぜ、ああなぜ? 意味がわからない。わからないの」
「好きだった。志穂さんのことを好きになってしまったんだ」
「あれ……。奏太さんは私だけじゃなく、志穂さんの姿も見えるの?」
「そういうことだ」
クロが静かな声で言った。
奏太さんは軽く首を振ってから、意を決したように顔をあげた。
「俺のせいなんだ。志穂さんがこの世に居続けるのは、俺のせいなんだよ」
「違う。私が、私がっ」
両手で顔を覆って泣く志穂さんに、奏太さんは「違う」とまた言った。
ひどく重い声に聞こえた。
「俺が君を見つけたのは、春の日だった。桜も散らす雨の夕方に、君はぼんやり光っていた」
「光って……?」
志穂さんが小さく口を開いた。
「遠くからでもその光はよく見えた。まるで光に吸い寄せられるように、僕は君と出逢ったんだ」
「待って……」
思い出したのか、何度も首を横に振りながら志穂さんは涙をこぼした。
「はじめて会ったとき、君はもう亡くなったあとだったんだよ」
「なっ……」
志穂さんの体が軽く揺れた。
私も「嘘でしょ……」と思わず声に出していた。
首をゆるゆると横に振り、志穂さんは木にもたれかかってあえいでいる。
「聞いてほしい」
奏太さんが言った。
「昔から霊になった人が見えるんだ。あの日も、学校の帰り道、桜の木が光っていた。きっと、霊がなにかやっているんだろうなと見に来た。そうしたら、蛍のように光る君が、美しい桜を背負って立っていたんだ」
「やめて……もう言わないで」
「雨に濡れて泣く君がかわいそうで、思わず自分の傘を渡してしまった」
「やめて!」
両手を頭で押さえ、その場にうずくまる志穂さんに、奏太さんは「ごめん」とつぶやいた。
サーッと雨の音が強くなり、残り少ない花にその雫を打ちつけている。
やがて、ゆっくりと顔をあげた志穂さんの体からは黒い炎が燃えていた。
「……どうして」
ささやくような声は低く、目は赤く光っていた。
恐怖はなかった。むしろ泣きたい気持ばかりがこみあがってくる。
普段は泣けないのに、どうしてこんなときに……。ぐっとこらえていると、志穂さんがゆらりと一歩前に出るのが見えた。
彼女の悲しみや怒りが黒い炎になり、どんどん大きくなっている。
「どうしてそんなことを言うの? 私は一年生の春にあなたに会った。死んでしまったのは三年生だったはず。奏太さん、どうして嘘をつくの? そんなに私のことが嫌いになったの?」
「君は、入学式の日に亡くなったんだよ。亡くなって数日後の雨の夕方、桜の木の下で泣いているのを見つけたんだ」
「嘘! そんなの嘘っ!」
咆哮のような声に、すごい勢いで桜の枝と葉が揺れた。一気に桜雨が降り注いでくる。
奏太さんが志穂さんに歩みを進めた。
「危ない!」
駆け出そうとするシロが、派手に転んだ。
クロが足をかけたらしく、
「余計なことはするな」
と、肩をすくめた。
このまま見てろってこと……?
「俺が君に傘を渡してしまったから、俺が君に会いたくなってしまったから……」
「なぜ、ああなぜ? 意味がわからない。わからないの」
「好きだった。志穂さんのことを好きになってしまったんだ」