い草の青い香りが入り口にむわんと漂っていた。一階が作業場になっているらしく、仕上げ中の畳が置いてある。
 その横には小さな接客スペースと応接セット。昔ながらの畳屋さんといった感じだ。

 ――ガタガタ。

 足音がして、誰かが階段をおりてくる。
 おじいさんになっているかも、という予想に反し、若い男性だった。
 短めの髪に、チェックのシャツとデニムがよく似合っているけれど、怒ったような顔で奥にある戸棚を開けてなにか探している。

 この人が、奏太さん?

 高校生とは言えないまでも、まだ二十歳そこそこに見えた。

「様子もわかっただろ? もう行こう」

 クロの声に「うん」と答えてから作りかけの畳をじっくり眺めた。
 こんなふうに畳ってできてるんだ。でっかいピンみたいなものがたくさん畳に突き刺さっている。
 クロがそばに来たので、ピンをさわりながら尋ねることにした。

「奏太さんってもうこの畳屋さんを継いでいるのかな?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ大学とか行ってるの?」
「今は四回生。って、なんで俺の名前知ってるの?」

 え?と顔をあげると、クロだと思っていた人は……奏太さんだった。

「え、ええっ!? なんで私のことが……」
「そっちこそ、どういう魂胆(こんたん)でここに来たわけ?」
「あの……クロが」
「は?」

 見ると、クロは素知らぬ顔をしている。シロはただただ驚愕(きょうがく)のポーズで固まってしまっていた。
 奏太さんは怒りを顔に(にじ)ませている。

「ごめんなさい。私……ただ、奏太さんの様子を知りたくて」
「だからなんで俺の様子を――」
「それは、その」

 要領を得ない私の体をずいと押して、クロが割って入った。

「俺は案内人だ。悪いが、お前のこともずっと観察させてもらっていた」
「は? なんで?」

 挑むような口調の奏太さんは、クロやシロの姿も見えているらしい。

「あんたたち、いったい誰なんだよ」

 強気な言葉の裏に、奏太さんはなにか隠しているような気がした。
 クロはなにもかもお見通しなのか、腕を組んで余裕そう。

「なあ奏太、お前にはなぜ俺たちがここに来たのか、心当たりがあるだろう?」
「な……」
「じゃあ聞こうか。吉田志穂の名前に心当たりは?」

 その言葉に奏太さんはあからさまに動揺をしたかと思うと、口をギュッと結んでしゃべらなくなってしまった。

 沈黙のなか、クロが続ける。

「お前のせいじゃない。だけど、あの子を自由にしてあげられるのもお前だけなんだよ」
「え……。まさか、あの子はまだあの場所に?」

 静かにうなずくクロ。状況がまるでわからない。
 どうして奏太さんは私が見えているの?
 なんで普通にクロと話をしているの?

「そっか……」

 奏太さんはがっくりと膝をついた。
 まるでサスペンスドラマでトリックを言い当てられた犯人みたいに見えた。