「私は泣かない。涙なんて出しかたすら忘れたもん」
「心がないってことか。だったら俺と同じだな」
「同じじゃない!」

 売り言葉に買い言葉ということはわかっている。だけど、どうしても志穂さんを助けたかった。
 深呼吸をして心を落ち着かせる。

「少しだけでもいいから調べたいの。自分の未練解消の相手はちゃんと探すから」
「それこそ余計なお世話だ。志穂はもう地縛霊になってんだよ。今さらどうしようもない」
「あれえ?」

 急にシロが間の抜けた声をあげたかと思うと、クロをじっと見つめた。

「今、志穂って呼び捨てにしましたよね? ひょっとして、クロさんの担当だったってことですか?」
「うっ」

 わかりやすく言葉に詰まるクロ。

「志穂さんは七海ちゃんを襲うこともありませんでした。つまり、まだ完全な地縛霊になっていないってことです。僕思うんですけど、それってクロさんのおかげなんじゃないですか? 悪い霊気をたまに吸い取ってあげてるとか、それとも――」

 言葉の途中で、クロはシロの口を大きな右手で塞いだ。

「お前はしゃべりすぎなんだよ。少し黙れ」
「ふあい」
「俺の協力をするって約束したから面倒見てやってるんだ。ちゃんとこいつの未練解消の手伝いをしろ。わかったか?」

 ぶんぶんと必死で首を縦に振るシロに、クロは「よし」と手を離した。
 私は、苦しげにあえぐシロからクロに視線を戻した。

「奏太さんにだけ会わせて。今の様子を志穂さんに伝えたいの」

 頭を下げる私に、クロはそっぽを向いた。

「勝手にしろ。今なら畳屋には奏太以外誰もいない」
「え?」
「一応見てきてやったんだ。ほら、さっさとしろ」

 よくわからないまま歩きだす。

「そっちじゃない。こっちだ」

 クロがいてよかった。言われるがまま右へ左へと小道を入っていくと、ようやく『斉藤畳店』と書かれた看板が見えた。