「あの……どうして泣いているの?」

 尋ねる私に、彼女はゆるゆると顔をあげた。
 そして、何度も洟をすすって息を整えてから口を開く。

「私の姿、誰からも見えないみたいで……。だからずっとひとりだったの」
「そうなんだ……」
「もうずっと、ここにいる。未練の解消ができなかったから、だから……」

 うつむく彼女の瞳から涙がひと粒こぼれた。とても地縛霊とは思えなかった。

「どうして亡くなったのですか?」
「よくわからないの。記憶が混乱してて……。たぶん、昔から心臓が悪かったから、発作かなにかでだと思うの」

 それからずっとここにいるなんて、どんなに悲しかったのだろう。
 彼女はこらえきれないように顔をゆがめてから、また両手を顔に当てた。

「七海ちゃん!」

 シロが叫ぶのも構わず、泣いている彼女のそばに立った。

「私は、雨宮七海。高校二年生です」
「……怖くないの?」

 信じられないという表情を浮かべた彼女に「怖いです」と正直に答えた。

「今襲われたらヤバいのかもしれないけど、泣いている人をぼんやり見てるのは苦手なの。それって、あまりにも冷たいでしょう?」
「あなた、変わった人ね」

 少しだけ口角をあげた彼女が、
「吉田志穂(しほ)
 そう名乗った。

「志穂さんは、高校三年生?」
「そうだよ。でも、死んでから数年は経っているから、今はもう二十歳くらいかも」

 木の根元に座った志穂さんの横に私も腰をおろした。ざざ、と揺れる葉音がリアルだった。

「私も高校二年生になってすぐ死んじゃったみたいなんです」
「七海さんはどこで目覚めたの?」
「病院です」
「そう」

 自分の死を体験した人だけができる会話。
 シロはまだ距離をあけたまま、犬のようにうなっている。
 上を見ると、たくさんの桜の花びらがくるくる回りながら降っている。
 そっと手を伸ばすと、手のひらに一枚落ちた。
 心のなかで『すり抜けろ』と願ってみると、するりと手の甲を通り抜けた。

 あ、できた。

 うれしくなってしまい、右に座る志穂さんを見る。彼女は軽くうなずいてくれた。

「七海さんはいつ亡くなったの?」
「それが……昨日なんです」
「昨日? じゃあこれから未練解消ができるんだね」
「はい……」
「いいなあ。私はもう二度とできないから」

 あはは、と笑いながらまだ志穂さんは泣いている。

「あの、志穂さんはどうして未練の解消を……?」

 しなかったのか、できなかったのかがわからずあいまいに尋ねた。
 さらさらと髪を風に流しながら、志穂さんは「できなかった」と答えた。

「自分の未練がなにかはわかっていた。ちゃんと未練解消をしようと思った。でも、どうしてもできなかったの」

 悲しげに瞳を伏せる志穂さん。いったいなにがあったのだろう……。

「詳しく聞いてもいいですか?」

 チラッとシロを見ると全力で首を横に振っている。
 そんなことより、自分の未練解消をしなくちゃいけないってことはわかっている。でも、泣きながら笑っている志穂さんを助けたい。