一階へおりると同時にチャイムの音が鳴りだした。
 遅れまいとダッシュを繰り出す生徒たちがわっと押し寄せてきた。

「危ない!」

 避けようとした私の体を、彼らはどんどんすり抜けて駆けていく。
 そっか、向こうから私は見えないんだ。

「よくないよ、七海ちゃん。行かないほうがいいって」

 さっきからシロは必死で私を止めようとしてくる。

「ちょっと近寄ってみるだけだから。危なそうなら逃げるし、シロも新人とはいえ案内人なんでしょう?」
「そ、それはそうだけど……。クロさんだっていないから、どこまで守れるかわからない。ほら、悪いにおいもしてるし」

 鼻をくんくん動かしている。
 桜の木が近づいてくる。この学校のシンボルと言われるほど大きく、ピンク色の花が雨のように降っている。
 もう緑の葉も見えはじめていて、花は今まさに終わりを迎えているようだ。
 その大木の幹に手を当てている女子生徒が見えた。
 まるで木に話しかけるように上を向く彼女は、長いストレートの黒髪で、私と同じ制服を着ている。
 木に立てかけるように黒色の雨傘が置かれていた。

「さ、もういいでしょ。早く校舎に戻ろうよ」

 グイグイ私の腕を引っ張るシロに、
「待って。もう少し」
 彼女の顔が見たくてさらに数歩進んだ。

 そのときだった。女子生徒がゆっくり振り返ったのだ。

 彼女の顔は、とても大人っぽく見えた。白い肌に大きな目がよく似合っている。
 しばらく時が止まったように動きを止めてから、彼女は首をかしげた。

「あなた、私のこと、見えているの?」

 公園のブランコにいた少女とは違い、黒いオーラのようなものは見えなかった。違うのは、輪郭(りんかく)が風景に溶けるようにぼやけていることくらい。

「あ、あの……すみません」

 つい謝ってしまったのは、まるで覗き見したような罪悪感があったから。

 彼女は瞳を大きく見開かせ、
「……本当に見えている、の?」
 ささやくような声でつぶやいた。

「はい……見えています」

 そう言うと彼女は両手で顔をさっと覆った。
 細い肩が震えだすのを見て、泣いていることを知る。

 どうしちゃったのだろう。

 声も出さずに泣き続ける彼女に近づこうとする腕をシロがつかんだ。

「これ以上近づくのは危険」
「でも……」
「いけません」

 丁寧(ていねい)な口調のシロが本気で止めているのがわかった。