「きっと想像しているより簡単なことだよ。七海ちゃんの体が光れば、未練解消のはじまり。その人に思うことを伝えたり、やってみればいいだけ」
「未練の解消をすることに意味があるのかな? だって、絶対に苦しいと思うの。自分が消えるためにやる宿題みたいなものでしょう? どうしてそんなシステムがあるんだろう」
「僕にはよくわからないよ」

 申し訳なさそうにうつむくシロを責めているわけじゃない。

「そうだよね。ごめん」
「僕こそごめん」

 沈黙に春の風がぴゅうと躍った。開花に遅刻した桜の木々がピンクの花を雪のように降らせている。

「この学校にも地縛霊っているの?」
「うん」

 当たり前のようにうなずいたシロが、人差し指を校庭に向けた。

「ほら、あそこにもいる」

 見ると、校庭の向こう側、ひときわ大きな桜の木の下に女子生徒がひとり立っている。
 遠くてよくわからないけれど、普通の生徒のように見えた。

「え、あそこにいる女子のこと? あの子はどう見ても生きているでしょ」
「ううん。すごい闇が見えるから地縛霊だと思う」

 まさか、と私は笑うけれど、シロはじっと視線を向けたまま「見てる」とつぶやいた。

「あの子、じっとこっちを見てる。僕たちに気づいたみたい」
「シロって視力がいいんだね。私はなにも見えないよ」

 感心する私には答えず、シロは地縛霊だという女子生徒から視線を外さない。

「ひょっとして、あの子に襲われたりするの?」
「それはないよ。地縛霊はその地に捕らわれているから、桜の木の周辺からは動けないはず」

 もう一度、遠くに見える女子生徒を見る。
 顔も見えないのに、彼女の悲しみが伝わってくる気がした。まるで私に助けを求めているような……。

「七海ちゃんは地縛霊のことは気にせずに、まずはクラスメイトのなかに未練解消の相手がいるかどうか――。どこに行くの?」

 ドアに向けて歩きだす私に不思議そうにシロが尋ねた。

「あの子に会いに行ってくる。襲われないなら、安心でしょ?」
「ちょっ! ダメダメダメダメ! クロさんが知ったら大変なことになるよ」

 大慌てて私の両手を握ったシロに、
「大丈夫だよ」
 とうなずいてみせた。

「大丈夫じゃないよ。絶対にダメ!」
「クロはしばらくは戻ってこないし、教室に行くにもまだ早すぎるもん」
「でもダメ!」

 自分でもなぜかわからない。ううん、本当はわかっている。教室に行く勇気が出ないだけ。

「ちょっと観察するだけだから、ね?」


 私は逃げている。そう、思った。