屋上へ通じるドアは、濃い青色。見るからに重厚(じゅうこう)で、照明が届かないせいであたりは薄暗い。
 この先にラスボスでも待っていそうな雰囲気だ。

「ほら、入れないでしょ?」

 ガチャガチャとドアノブを回すと、予想通り鍵がかかっていた。

「うん。でも大丈夫」

 ほら、とシロは右手をドアに押しつけてみせた。
 なにが大丈夫なんだろう、と首をかしげていると、

「え!?」

 シロの右手がずぶずぶとドアに吸いこまれていった。

「ひゃあ!」
「こうやって物を通り抜けることができるんだよ。生きている人間が僕たちをすり抜けていくのと同じ理論なんだ。七海ちゃんもやってみて」
「え、怖い……」

 思わずあとずさりをしてしまう。

「怖くないよ。ドアに手を当てて『向こう側へ行く』って思うだけなんだから。ほら、ほら」

 あっという間に体の半分をドアに吸いこませるシロに、余計に怖くなる。

「こう?」

 そっと手を置くと、ひんやりとした感触がする。生きているときとなんら変わりがないのに、実際の私はもう死んでいるなんて不思議。
 ぐいと押してみても、『すり抜けろ』と念じてみてもまったくダメ。ドアはドアだし、すり抜けるなんてできそうにない。

 何度やってもうまくできない私を見かねて、シロが向こう側から鍵を開けてくれた。できなくてよかったという気持ちと、少しの悔しさがある。

 ――ギイ。

 すごい音を響かせてドアを開けると、春の青空が広がっていた。

「うわ、すごい」

 思わず感嘆(かんたん)の声を出してしまった。昨日よりも暖かい風が吹くなか、白い雲がぽつんとひとつ流れている。久しぶりにこんなに大きな空を見ている。

「気持ちいいね」

 手すりにもたれると町並みが遠くに見えた。普段から歩いていた景色なのに、上からだと知らない町に思える。
 近くに目をやると、列になった生徒たちが校門へ向かって歩いている。校門に立っている先生に「おはようございます」と挨拶する声がここでもかすかに聞こえてくる。

 いいな、と思った。みんなは自分が今日死んでしまうかも、なんて想像もしていないのだろう。

 隣に並んだシロが「おーい」と声を出している。
 そんなこと言っても誰にも聞こえるはずないのに。

「なんだか、クロとシロって正反対の性格だね」
「僕も思う。でも、クロさんはとってもいい人だよ」
「そう? 不機嫌でエラそうで、私はちょっと苦手」

 素直な感想に、シロはおかしそうに笑った。

「ああ見えてやさしいところもあるんだよ。その部分はちょっと見えにくいけどね」

 髪がふわふわと揺れる横顔を見てから、手すりに置いた両手に顔をのせた。

「私の未練ってなんだろう……。ねえ、シロは知っているの?」
「クロさんくらいのレベルにならないと内容まではわからないんだ。ごめんね」
「そうなんだ……」

 私が落ちこんだと思ったのか、「大丈夫」とシロは励ますようにうなずいた。

「七海ちゃんのすべての未練の解消が終わるまで、僕はそばにいるから」

 決まった、と思ったのか、シロは得意げに笑みを浮かべた。
 私も笑みを返してからまた空を見あげた。

「未練解消の相手の前に行けば、ハチみたいに光るんだよね?」
「うん」

 気持ちよさそうに伸びをしているシロが、風に目を細めた。