まだ朝の早い時間だからか、道を行く人のほとんどがスーツ姿のサラリーマンばかり。急いでいるのか、私の体をすり抜けて駆けていく人もいた。

「未練の解消ができない人って多いの?」
「そんなに多くはないな。でも、お前くらいの子供は、未練の内容がわかっても積極的に動いてくれずに困ることが多々ある」
「子供じゃないもん」
「大人はそんな言いかたしない」

 ぴしゃりと言われムッとしてしまうけれど、昨日に比べると感情の波は穏やかになっている。
 少しずつ、今起きていることを受け入れられている気分。

「人間ってのは(おろ)かだよ。死んでも、生きているときと同じように悩んでばかりだ。さっさと未練の解消をすればいいのに、同じところで足踏みしてばかり。そのくせ、すぐにピーピー泣くし」

 口の端を少しあげて、クロはほほ笑んでいる。
 はじめて見る笑みだった。

 誰かのことを思い出しているのかな……? 昔、担当した人が泣き虫だったとかかも。

 自分でも気づいたらしく、ぐっと顔に力を入れたクロは、無表情に戻ってしまった。

「泣ける人がうらやましい。私、もうずっと泣いてないから」

 そう言う私にクロがチラッと視線を送ってから、
「人間ってのもいろいろなんだな」
 とあくびを逃がした。

 遠くに学校の建物が見えてきた。
 あ、あそこだ。なんで忘れていたのかわからないほど、一気に記憶が戻る感覚だった。

 校門の前まで来ると、向こうから白い服をはためかせシロが駆けてきた。

「すみません、遅れました!」
「遅いぞ」

 不機嫌にうなるクロに何度も謝りながら、シロは苦しそうに体を折り、荒い息を吐いている。
 シロっていっつも走っている印象がある。もしくは泣いているか。

「俺はもう行く。あとは新人とやってくれ」
「え、もう行くの?」

 あまりにもあっさりと背を向けたクロに尋ねると、
「俺はほかにも仕事があるからな」
 と、自慢げに胸を反らした。

「今、この瞬間にも亡くなっている人間がいる。そいつらを捕獲して未練解消の説明をしないとならん」

 捕獲って、まるで虫かなにかみたい。
 よくわからないけど「わかった」と答えてシロと校門をくぐる。
 振り返ると、もうそこにクロの姿はなかった。