「ほら、早くしろ」
「もう行くの? どこへ?」

 追いかけながら尋ねる私に、クロは口をへの字に曲げた。

「お前は質問ばかりだな」
「だって、まだ全然受け入れられてないんだもん」

 ぶうと膨れる私にクロは両腕を組んだ。

「いつもと同じように行動して、そのなかから未練解消の相手を見つけるしかない。いつものお前ならなにをしている?」

 いつもの私……。

「朝ご飯を食べる」
「食わんでいい。それに家のなかに未練はないんだから意味がない」
「そんなに急がなくても、まだ残り四十八日もあるんでしょう?」
「早ければ早いほどいいんだよ。目標は今日だ」

 どうやらクロはそうとうせっかちな人間みたい。
 あ、人間じゃなくて案内人か。

「とりあえず、お前は高校生っていう職業なんだろ? その高校とやらに行け」
「職業じゃないし――」

 と言いかけて、ふいに思い出した。
 そうだ、私、高校生だっけ。いろんな記憶がマーブル模様(もよう)みたいに混ざり合っている感覚だった。

 今は、四月。高校二年生になったばかり。

 そこまで思い出しても、どんな学校だったのか、どんな友達がいたのかすら思い出せない。

「ねえクロ。記憶が迷子になっているみたい」
「ああ」とクロは軽くうなずいた。

「そういうもんだ。でも、体が覚えているから歩いていればそのうち着くだろ」
「そのうち、って……遅刻しちゃうじゃん。そっか……みんなからは見えないんだ」

 言いながらまた自分で傷ついている感覚。
 こんなことを何度もくり返すのかな。

 歩きだすクロに手ぶらでついていく。通学バッグもスマホも私には意味のないアイテムになってしまった。
 ああ、だから昨日はスマホの電源がつかなかったのか。

 家の前に出ると、勝手に足が右に進んでいた。体が覚えているってこういうこと?

「学校に着いたらなにをすればいいの?」

 隣を歩くクロに尋ねた。
 並んでみると、彼の身長が想像以上に高いことに気づいた。
 横顔もクールでかっこいい。イケメンというだけでなく、落ち着いた雰囲気が大人っぽく見せている。

「アホ」

 だけど、態度や口の悪さが長所を消している。消すどころか、思いっきりマイナス査定だ。
 口のなかでブツブツ文句を言う私に構わず、クロは続ける。

「いつものようにしていればいい。ただし、誰かの体が光りはじめたら注意しろ。すぐにその場から離れるんだ」
「なんで離れるの?」
「そんなこともわからないのか。やっぱり人間は低能な生き物だな」

 どんなにイケメンでも、言葉づかいが悪いからモテないと判断した。
 ムッとして前を向くと、クロは「ああ、もう」とあきれた声を出した。

「光った相手からはお前の姿が見えてしまう。学校なんかで見えたら、それこそパニックになるだろ? そいつがひとりになるチャンスを待って話しかければいい」

 なるほど、とうなずく。