いつもの散歩コースは堤防(ていぼう)沿いのあぜ道。
 朝早いせいか、歩いている人はそんなにいなかった。
 徐々に明るくなる空は、紫色から夕焼けに似た朱色へ変化していく。

 生きているときはこういう美しささえ、素通りしてしまっていた。
 それに気づけるなんて、私もだんだん死を理解したってことなのかも。

「ハチ」

 声をかけると歩きながら振り向くハチ。ぷるぷる尻尾を振っている。

「私ね、死んじゃったんだって」

 クロは仕事があると言ってついてこなかった。
 この世には、あっちの世界との中間にいる人がさまよっている。
 未練の内容がわからない人たちは、とりあえず日常生活の続きを送っているのかもしれない。

 私だってそうだ。
 生きているときとなにも変わらず、ハチと散歩しているのだから。

 土手を抜けると橋がある。
 その交差点の向こうにある公園に寄るのがいつもの散歩コース。なのにハチは橋の手前でくるりと向きを変えた。もう満足したらしい。

 家に戻ると首のリードを外し、庭にある紐につけかえた。
 ハチの体からはまだ金色の光が朝陽(あさひ)にキラキラ輝いている。
 頭をなでると目を細めてハチはうれしそう。

「私の未練ってなんだと思う? ハチと散歩をするだけじゃないみたいだね」

 はっはっと舌を出すハチに問いかけた。本当の未練解消の相手に会えば、自分の体も光ると聞いたっけ。その兆候は、今のところ見られない。

「本当の相手って、誰なんだろう……」

 頭に浮かぶ顔はそんなに多くない。
 お父さんでもお母さんでも、ハチでもなかった。そもそも、死ぬ最後の瞬間に願ったことなんて覚えていない。

 そこでふと気づいた。

 あれ……私はなんで死んでしまったのだろう?
 ハチから目を逸らし、ぼんやりと立ちあがった。
 家のなかに入ろうとすると、ちょうどクロが戻ってきたところだった。

「ねえクロ」
「なんだ? 未練の内容を思い出したか?」

 ううん、と首を横に振ってから、
「私ってどうやって死んだの?」
 そう尋ねた。

「どうやって? 心臓が止まったからに決まっているだろう」
「そうじゃなくて、なにが原因だったの? 昨日いったいなにがあったの?」

 するとクロは「知らん」とそっけなく言った。

「未練解消のためには自分で思い出さないといけない決まりになっている。他者からの情報は余計に混乱するだけだからな」
「自殺? 他殺? 病気? それとも事故?」
「俺の地球語が変なのか? 自分で思い出せ、と言っているんだが」

 食い下がっても答える気がないらしく、さっさと門へと歩いていく。