「二十一時三十分、ご臨終(りんじゅう)です」

 医師の告げた言葉はひどく事務的だった。

 今後の流れについて説明する声が、耳の上を(すべ)り落ちていく。
 隣を見ると、お母さんがくしゃくしゃになったハンカチを顔に押し当て首を横に振っている。何度も、そう何度も。
 お母さんの漏らす嗚咽(おえつ)が小さな部屋でぐるぐる回っているみたい。

 私は……、私は。
 握りしめていたこぶしを開き、こめかみに手をやった。
 ひどく、頭が痛い。
 締めつけてくる痛みは、秒ごとに強くなっていく気がする。長袖の制服なのにすごく寒くて、部屋のなかにいるのに呼吸が白く漏れている。

「ごめん。ちょっと外に行ってもいい?」

 泣いているお母さんは余裕がないらしく、なにも答えてくれなかった。

「すぐ戻るから」

 そう言い残し病室を出ると、目の前に知らない男性が立っていた。
 最初は(かげ)が立っているのかと思った。それは彼の服装のせい。
 黒いスーツ姿に黒シャツとネクタイ、靴も同じ色だったから。

 もうお葬式業者が来たのかな、とぼんやりした頭で思った。

 体を横へずらすけれど、男性はそのままじっと私を見つめてくる。

「誰か亡くなったのか?」

 低い声が薄暗い廊下に響いた。

「え?」
「亡くなったのは、誰だ?」

 高校二年生になったばかりの私にだって、彼がエラそうな態度であることはわかる。

「……祖母が亡くなったんです」

 なんとか言葉を出すと、男性は肩をすくめた。

「そっか」
「あの……祖母のこと、よろしくお願いいたします」

 頭を下げる私に答えず、男性は病室へ入っていく。