「じゃあ、お父さんとお母さんにはもう……会えないの?」
「会うことはできるが、お前の姿は向こうからは見えない」

 当たり前のように答えたクロをぼんやり見つめた。
 お別れも言えずに、私はあの世へ行くの? まさか、そんなことないよね?

 けれど、
「そういうことだ」
 と、クロは言った。

「そんなの……ないよ。お父さんとお母さんに伝えたいことがたくさんある。だって家族だよ。ずっと一緒にいたのにさよならも言えないなんて、ひどすぎる」
「アホ」

 たった二文字で片づけたクロがあきれた顔で振り向いた。なんて冷たい人なのだろう。

「簡単に自分の未練を見つけられると思うな」
「もう少しやさしくしてあげてください」

 シロのフォローに舌打ちまでしている。

「俺は忙しいんだ。今、この町でもたくさんの人が亡くなっている。そいつらに同じ説明を何度もする身にもなれ。七海は自分でちゃんと未練を見つけて解消しろ」
「言ってることはわかる。うん……わかるよ。でも、お別れも言えないなんて、納得できない。そんなのあんまりだよ!」
「大きな声を出すな」

 迷惑そうに耳を押さえるクロ。

「いいからお前はお前の未練解消をやれ。今すぐに、だ」
「……嫌」
「お前なあ」

 怒った表情を浮かべたクロが、うなり声をあげて近づいてくるけれど、気持ちは変わらない。
 お父さんにもお母さんにも、気持ちを伝えられないなんて納得できない。さっきは、とにかくやってみようと思ったけれど、それはお父さんとお母さんに別れを言えると思っていたから。それができないなら――。

「未練解消なんてしない。したくないよ!」

 叫ぶと同時に靴も履かずに走りだしていた。

「待て!」

 クロの声も聞こえないフリで急ぐ。
 急ぐ、ってなにを急いでいるんだろう。
 私はなにから逃げているんだろう。

 途中ですれ違うサラリーマンも、コンビニから出てきた人も、誰も私に気づかない。それでも、暗い夜道を必死で走った。