「だって僕は……僕は」
「ああ、また泣きやがって。泣くな! 泣かれると俺の査定に響くって説明しただろ!」
「だってだって……」

 なにこの展開。
 きょとんとする私に、
「もうわかった。わかったから!」
 イライラを吹き飛ばすようにクロがゴホンと(せき)ばらいをした。

「こいつは見習いの新人だ」
「そうなんです。よろしくお願いいたします」

 まだ涙にむせびながら頭を下げたシロに、思わずお辞儀(じぎ)を返してしまった。

「ふたりの名前はなんていうの?」
「名前なんてものはない。俺たちは案内人だ。管理番号がないことはないが、お前らの世界での言語では訳せない。よって、言っても意味がない。意味がないことを知る必要もないってわけだ」
「じゃあ……未練解消っていうのは?」

 話をしているうちに徐々に気持ちが落ち着いていくのがわかった。
 さっきまで感じていた寒さも、もうなかった。

「人間ってのは死ぬ直前に、心からの願いをする生き物らしい。未練解消ってのは、お前が最後に願ったことを自分の手でかなえることを意味する。その権利を行使してからあっちの世界へ行くんだ。こっちの世界に未練を残さないための儀式みたいなもんだ」

 眉をひそめていたのだろう。シロが「つまりですね」と鼻声で言った。

「あっちの世界に通じるドアの鍵を見つける作業のことです」

 わかりやすいように言ってくれたんだろうけれど、残念ながらもっと混乱してしまう。わかったフリでうなずいておいた。

「私の未練ってどんなことなの?」
「俺たちにわかるわけがない。なんたってお前の最後の願いだからな。自分で探し出し、それを解消するんだ。期限は四十九日。長いようであっという間に過ぎるから急げよ」
「そんなこと言われても……」
「未練解消の相手は、人間であるとは限らない。なかには『あの漫画の続きが見たかった』なんてやつもいる。さらに、未練はひとつとは限らない、本当の未練にたどりつくまでにはいくつもの未練解消をこなさなければならないこともある」
「そんなのわかるわけないよ」

 文句を言うと、クロは肩をすくめた。

「だから急げと言っている。未練解消の相手、もしくは対象となる動物やら物の前に立つと、そいつの体は光るだろう。光っている間は、相手に姿を見せることができ、さわることだってできる。ただし、未練解消が終われば相手からは、お前に会った記憶は消えてしまう」

 やっぱり話が急展開すぎてついていけていない。
 でも、私の未練解消の相手はきっとお父さんとお母さんだろう。

「とにかく、やってみればいいんだね」

 話をまとめる私にクロは片眉をピクンとあげた。なにか文句を言われるのかと構えたけれど、やがて「そういうことだ」と玄関のドアを開けた。

「どこへ行くの?」
「未練を探しに行くんだ」

 当たり前のように言うクロ。シロも同じくうなずいている。

「でも、お父さんが……」
「わからないやつだな。両親の体は光っていなかった。つまり、お前の未練解消の相手は両親ではないってことだ」

 ドン、とすごい衝撃(しょうげき)にさらされた気がした。