どこかで鳥が鳴いている。
まるで私に早く起きろと言っているみたい。
ゆっくり目を開けると、見たことのない天井があった。
ここは……病院だ。
やわらかい光が病室に降り注いでいる。
長い夢を、見た。ううん、夢なんかじゃないよね。きっと本当にあった出来事なんだ。
自分でも驚くほど素直に受け入れていることに驚きながら、上半身を起こした。
筋肉痛に似ている痛みにうめきながら、なんとか窓に目をやると、朝日が窓の向こうに顔を出していた。
今ならわかる。
最初にクロと会った日にいた病院は、ハチが診てもらっていた動物病院だ。
おばあちゃんが死んだと思いこんだ私。死んだのは私だと言ったクロ。
でも、本当に死んでしまったのは、ハチだったんだね。
もしも本当のことを知っていたなら、あんなふうに自分の未練解消はできなかったと思う。クロの選択は正しかったんだ……。
――ガシャン。
なにかが割れる音がして目をやると、
「七海……?」
目を大きく見開いた愛梨が立っていた。
「愛梨」
「嘘……。七海、七海!」
突き飛ばすように抱きしめられた。
「目が覚めたんだ。よかった……。ね、あたしのことわかる?」
興奮している愛梨に、「うん」と答えた。
けれど愛梨はもう泣きじゃくっていた。
「あたし、七海が死んじゃうんじゃないかって! なんかそんな予感がしていたの。七海にお別れを言われたような気がして……」
ああ、私が愛梨に会って未練解消をしたせいだとすぐにわかった。記憶は消されても感情は残るのかもしれない。
愛梨が短い叫び声をあげて、体を離した。
「大変! おばさんとおじさんも呼ばなきゃ。さっき売店で会ったんだよ!」
慌てて出ていこうとする愛梨の腕をつかんだ。
「え? どこか痛い?」
「ううん、違うの。あのね、愛梨、本当にありがとう」
「……七海?」
「私、愛梨がいてくれてよかった。こんな素直じゃない私と友達でいてくれて、本当にありがとう」
ぽかんとした愛梨が、ゆっくりと人差し指を私に向けた。
「ね……七海、泣いてるの?」
「愛梨だって泣いてるじゃん」
冗談ぽく言いながら頬に手を当てると、指先に涙が触れた。
ねえクロ。
本当の涙ってすごいね。
悲しみとか苦しみ、うれしさやよろこび、いろんな感情が涙になるんだね。
泣くことで、後悔や未練は体から出ていくのかもしれない。
「と、とにかく呼んでくるから!」
飛び出していく愛梨を見送ってからサイドテーブルを見た。クラスメイトの寄せ書きや写真が飾られている横にスマホがあった。
電源を入れると、侑弥からのメッセージが何十件と届いている。どれも連絡が取れなくなった私を心配する内容で、彼の気持ちが詰まっていると思った。
メールで入院していることを告げると、【すぐに行く】と数秒で返事がきた。
侑弥に会ったら、告白の返事をきちんとしよう。
点滴の管に気をつけながらベッドから出て、窓辺へ行くと、町は太陽のもと輝いて見えた。
瞳にまぶしく、幸福に満ちあふれて映っている。
「ぜんぶ、ハチが教えてくれたことだね」
もう一度、ハチに会える日が来たなら、私はこの世で起きたことをたくさん話そう。
ハチはきっと少年のような瞳を輝かせて聞いてくれるはず。
それまでは私らしく、元気で毎日を過ごそうと思う。
待っていてね、ハチ。
いつか、私が眠りにつく日まで。
【完】
まるで私に早く起きろと言っているみたい。
ゆっくり目を開けると、見たことのない天井があった。
ここは……病院だ。
やわらかい光が病室に降り注いでいる。
長い夢を、見た。ううん、夢なんかじゃないよね。きっと本当にあった出来事なんだ。
自分でも驚くほど素直に受け入れていることに驚きながら、上半身を起こした。
筋肉痛に似ている痛みにうめきながら、なんとか窓に目をやると、朝日が窓の向こうに顔を出していた。
今ならわかる。
最初にクロと会った日にいた病院は、ハチが診てもらっていた動物病院だ。
おばあちゃんが死んだと思いこんだ私。死んだのは私だと言ったクロ。
でも、本当に死んでしまったのは、ハチだったんだね。
もしも本当のことを知っていたなら、あんなふうに自分の未練解消はできなかったと思う。クロの選択は正しかったんだ……。
――ガシャン。
なにかが割れる音がして目をやると、
「七海……?」
目を大きく見開いた愛梨が立っていた。
「愛梨」
「嘘……。七海、七海!」
突き飛ばすように抱きしめられた。
「目が覚めたんだ。よかった……。ね、あたしのことわかる?」
興奮している愛梨に、「うん」と答えた。
けれど愛梨はもう泣きじゃくっていた。
「あたし、七海が死んじゃうんじゃないかって! なんかそんな予感がしていたの。七海にお別れを言われたような気がして……」
ああ、私が愛梨に会って未練解消をしたせいだとすぐにわかった。記憶は消されても感情は残るのかもしれない。
愛梨が短い叫び声をあげて、体を離した。
「大変! おばさんとおじさんも呼ばなきゃ。さっき売店で会ったんだよ!」
慌てて出ていこうとする愛梨の腕をつかんだ。
「え? どこか痛い?」
「ううん、違うの。あのね、愛梨、本当にありがとう」
「……七海?」
「私、愛梨がいてくれてよかった。こんな素直じゃない私と友達でいてくれて、本当にありがとう」
ぽかんとした愛梨が、ゆっくりと人差し指を私に向けた。
「ね……七海、泣いてるの?」
「愛梨だって泣いてるじゃん」
冗談ぽく言いながら頬に手を当てると、指先に涙が触れた。
ねえクロ。
本当の涙ってすごいね。
悲しみとか苦しみ、うれしさやよろこび、いろんな感情が涙になるんだね。
泣くことで、後悔や未練は体から出ていくのかもしれない。
「と、とにかく呼んでくるから!」
飛び出していく愛梨を見送ってからサイドテーブルを見た。クラスメイトの寄せ書きや写真が飾られている横にスマホがあった。
電源を入れると、侑弥からのメッセージが何十件と届いている。どれも連絡が取れなくなった私を心配する内容で、彼の気持ちが詰まっていると思った。
メールで入院していることを告げると、【すぐに行く】と数秒で返事がきた。
侑弥に会ったら、告白の返事をきちんとしよう。
点滴の管に気をつけながらベッドから出て、窓辺へ行くと、町は太陽のもと輝いて見えた。
瞳にまぶしく、幸福に満ちあふれて映っている。
「ぜんぶ、ハチが教えてくれたことだね」
もう一度、ハチに会える日が来たなら、私はこの世で起きたことをたくさん話そう。
ハチはきっと少年のような瞳を輝かせて聞いてくれるはず。
それまでは私らしく、元気で毎日を過ごそうと思う。
待っていてね、ハチ。
いつか、私が眠りにつく日まで。
【完】