いつか、眠りにつく日3

「そろそろ時間だ」

 クロの声に気づく。
 私とシロの体から出ている光は徐々に弱くなっている。

「嫌! お願い、行かないで!」

 なのに、目の前のシロはうれしそうに笑っていた。

「僕は満足だよ。だって、七海ちゃんが今ある未練を解消してくれたんだもの」
「でも……」
「最後は笑顔でさよならしたいな」

 嘘だ。

 だって、シロだって笑いながら涙をぽろぽろこぼしているもの。
 子供のころからいつもそばにいたからわかるよ。だって、私もこんなに悲しくて愛おしい。
 だけど、だけど……!

 今度は私が彼の不安を取り除いてあげたい。

 ハチが安心してあっちの世界へ行けるように笑顔で……。
 鼻で何度も息を吐いてから、私はほほ笑んだ。
 うまく笑顔を作れているかはわからないけれど、シロは白い歯を見せてひまわりみたいな笑みを返してくれた。

「七海、よく聞け」

 クロがそばに立って言った。

「明日の朝、お前は目を覚ます。体は外傷があるが、それもじきに治る」
「うん」
「これからの人生、しっかり生きろよ」
「わかった」

 うなずく私にクロは口をへの字に曲げた。

「やけに素直だな」
「だって、たくさん助けてくれた。ハチを人間の姿にしてくれたのも、クロなんでしょう?」
「なにかと面倒くさい犬だったからな」

 ふん、とそっけなく言うクロはやさしい人だ。感情がないなんてのも、きっと嘘だったんだろう。

「そうですよ、クロさんはやさしい人なんです」

 私の考えを読むようにシロが言った。

「だよね」

 クスクス笑う私たちにクロは、
「うるさい。もう行くぞ」
 と右手を挙げた。

 白い煙が生まれる。
 最後まで笑顔のまま、涙は見せずにいよう。無理をしているんじゃなく、それが私たちのためだと思えた。

「ハチ、元気でね」
「うれしい。最後にハチって呼んでくれた」
「クロも、本当にありがとう」
「もう俺と会うことがないよう、未練が残らない生き方をしろよ」

 煙はふたりを包んでいく。

「ありがとうハチ! ありがとうクロ!」

 私、がんばるから。これからの人生、きっとがんばって生きていくから!

 ふたりの姿が見えなくなる。
 やがて煙すら消えると、すべてが嘘だったみたいに静かな夜があった。

 どこからともなく眠気がおりてくるようだった。
 ハチの小屋を抱きしめて目を閉じる。


 遠くなる意識のなかで、ハチの鳴き声が聞こえた気がした。