「そろそろ時間だ」

 クロの声に気づく。
 私とシロの体から出ている光は徐々に弱くなっている。

「嫌! お願い、行かないで!」

 なのに、目の前のシロはうれしそうに笑っていた。

「僕は満足だよ。だって、七海ちゃんが今ある未練を解消してくれたんだもの」
「でも……」
「最後は笑顔でさよならしたいな」

 嘘だ。

 だって、シロだって笑いながら涙をぽろぽろこぼしているもの。
 子供のころからいつもそばにいたからわかるよ。だって、私もこんなに悲しくて愛おしい。
 だけど、だけど……!

 今度は私が彼の不安を取り除いてあげたい。

 ハチが安心してあっちの世界へ行けるように笑顔で……。
 鼻で何度も息を吐いてから、私はほほ笑んだ。
 うまく笑顔を作れているかはわからないけれど、シロは白い歯を見せてひまわりみたいな笑みを返してくれた。

「七海、よく聞け」

 クロがそばに立って言った。

「明日の朝、お前は目を覚ます。体は外傷があるが、それもじきに治る」
「うん」
「これからの人生、しっかり生きろよ」
「わかった」

 うなずく私にクロは口をへの字に曲げた。

「やけに素直だな」
「だって、たくさん助けてくれた。ハチを人間の姿にしてくれたのも、クロなんでしょう?」
「なにかと面倒くさい犬だったからな」

 ふん、とそっけなく言うクロはやさしい人だ。感情がないなんてのも、きっと嘘だったんだろう。

「そうですよ、クロさんはやさしい人なんです」

 私の考えを読むようにシロが言った。

「だよね」

 クスクス笑う私たちにクロは、
「うるさい。もう行くぞ」
 と右手を挙げた。

 白い煙が生まれる。
 最後まで笑顔のまま、涙は見せずにいよう。無理をしているんじゃなく、それが私たちのためだと思えた。

「ハチ、元気でね」
「うれしい。最後にハチって呼んでくれた」
「クロも、本当にありがとう」
「もう俺と会うことがないよう、未練が残らない生き方をしろよ」

 煙はふたりを包んでいく。

「ありがとうハチ! ありがとうクロ!」

 私、がんばるから。これからの人生、きっとがんばって生きていくから!

 ふたりの姿が見えなくなる。
 やがて煙すら消えると、すべてが嘘だったみたいに静かな夜があった。

 どこからともなく眠気がおりてくるようだった。
 ハチの小屋を抱きしめて目を閉じる。


 遠くなる意識のなかで、ハチの鳴き声が聞こえた気がした。