「シロが……ハチだったの?」
「うん。クロさんにお願いして、姿を変えてもらったんだ」
「どうして……? ハチは自分の命を捨ててまで私の命を助けてくれたの?」

 震える声で尋ねる私に、シロは静かにうなずいた。

「そんな……。私はハチと一緒に生きたかったよお……」

 信じられないよ。あんなに元気だったハチがもうこの世にいないなんて。
 私のせいで死んでしまったなんて!

「七海ちゃんが元気でいることが僕の願いなんだよ」
「どうして姿を変えてまで……? だって命を助けてくれただけでも十分だったのに……」

 それ以上は声にならずにうつむく私の手をシロはギュッと握った。

「僕の未練が七海ちゃんにある、ってクロさんに言われたんだよ」
「しょうがないだろ。それが決まりなんだから」

 非難されたと思ったのかギロッとにらんだクロが、
「それにしても難易度の高い未練だった」
 そう言った。

「ハチはな、お前が最近元気がないことを知っていた。だから、死ぬ瞬間にも七海のことを心配していたんだよ」
「そうだったの?」

 シロは白い袖で涙を拭きながら、何度もうなずいている。

「七海ちゃんには僕がいない毎日になっても、元気で過ごしてほしかった。だって、僕たちは姉弟だから。七海ちゃんはよく『泣けない』って悩んでいたでしょう? 僕が未練解消をするなかで、七海ちゃんが泣けるといいなって思ってた」

 そうだったんだ……。
 ずっとハチは私のことを心配してくれていたんだ。
 死んでしまってもなお、私のことを……。

「でも、僕も弱虫だね。未練解消をしていくなかで、少しでも長く七海ちゃんのそばにいたくなって、邪魔するようなことを言ったりしちゃった」

 ああ、おばあちゃんの病院に行きたがらなかったのもそういう理由だったんだ……。

「そんなことないよ。ハチはいつも応援してくれて――」

 言葉にならず涙が一気に頬を伝った。拭うこともせず、シロの体を抱きしめる。
 おひさまのにおいがする。私が大好きだったハチのにおい。

「クロさんありがとう。僕の未練は解消できました」
「大変だったぜ。未練解消をしてほしい相手が意識不明だもんな」

 私は名残惜しくシロから体を離し、クロへ体を向けた。

「毎日のなかにある後悔を消すために、私は未練解消をしていたの?」
「そんなところだ。意識不明の魂を無理やり走りまわせて悪かったな。でも、おかげで本当の涙を流すこともできたからよしとしよう」

 頬に手をやると、まだ涙で濡れている。

 これが、本当の涙なんだ……。