びっくりだ。たぬきは様々なものに化けるというけど、よもや人間に化けるとは。

 きょろきょろと周りを確認するが、少年らしき姿はどこにもない。

 こんなこと、現実にありえる?

 じっと転がっているたぬきを見つめると、目の上……人間で言うと眉毛の位置あたりが、赤く染まっていた。

「切れたの? ちょっと見せて」

 たぬきは抵抗する力も出ないらしく、ぐったりしている。

 体毛に隠れて傷口がよく見えないけど、多分裂傷ができているのだろう。横に五センチくらいで、たぬきの顔面に対しては大きな傷だ。

 傷口から、新たな血液がじわりと溢れてくるのが見えた。このままではいけない。

「止血するよ」

 たぬきに人間の言葉が通じるかはわからない。けど、職業柄、患者には常に話しかける癖がついている。

 私はたぬきの傷口を、人間にするのと同じようにして指で圧迫した。通行人がこちらをちらちらと見ていくけど、声をかける人はいない。

 人間がひかれていたら救急車にを呼ぶ。でも動物は放置するのが当たり前なのだろう。私自身、動物の救命作業は初めてだ。