「僕の料理でよければ、食べていってください。そしてゆっくりとお話しましょう」
優しく手を差し伸べる弟さんの腕を制し、お兄さんがぎろりと彼をにらむ。
「どういうつもりだ」
「だってこのひと、たぬきくんの命の恩人ですよ。彼女がいなければ、たぬきくんは道端で死んでいた」
「こいつが食べ物を素直に渡してやれば、たぬきは事故に遭わなかったかもしれない」
ぎくっとした。たしかに、私がおとなしくひったくられていれば、たぬきはもう少し落ち着いて行動……したかな? おとなしくひったくられるのが正解っておかしいよね? うん、私のせいじゃない。
「それは屁理屈です。さあ、行きましょう」
弟さんがにこりと笑うと、お兄さんはすっと彼から手を離した。勝手にしろと言わんばかりに。
「あの、たぬきは」
どうにも呼吸が荒いような気がする。傍を離れても大丈夫だろうか。
「異常があったらすぐにわかります。大丈夫」
どうやってわかるのだろう? 見たところ、パルスオキシメーターも心電図モニターも、なにもついていない。
けれど、今日は不思議なことだらけだ。きっと二人は私にはわからない仕掛けで、たぬきの状態を管理しているのだろう。
私は弟さんの手をとり、立ち上がった。彼の肩の向こうで、銀髪のお兄さんがぷいっと後ろを向き、先に部屋を出ていった。