「相席カフェラテ一つ、お願いします!」
元気よく声を張り、ガラス製のティーポットを磨いていたマスターに伝票を差し出した。
マスターがティーポットを置き、こちらを向く。伝票を受け取ろうと手を伸ばした彼の視線が、未桜が書いた文字の上をなぞった。
その瞬間、マスターの動きが止まった。「ああ、これは……」という独り言が、ぽつりとこぼれる。
「うーん、ちょっと待ってね」
マスターは困った顔をして、急ぎ足でバックヤードへと消えていった。背の高い後ろ姿をぽかんとして見送る未桜のところに、「あれれ、どうしたんでしょう?」とアサくんが駆け寄ってくる。未桜の持つ伝票を横から覗き込んで、しきりに首をひねっているところを見るに、アサくんの目から見ても、おかしな点はなかったようだった。
数分して、マスターが戻ってきた。未桜とアサくんのそばを素通りして、カウンターの上から、加奈子に直接声をかける。
「町井さま、申し訳ございません。小山内砂羽さんですが、現在、相席カフェラテで呼び出せない状況にあるようです」
「……どういうこと?」
「理由は分かりませんが、本部に確認したところ、ストップがかかってしまいまして。別の方をご指名いただくか、もしくは別のドリンクを選んでいただくことは可能ですか?」
隣に立つアサくんの二の腕をつつき、「そんなことがあるの?」と小声で尋ねる。アサくんはふるふると首を左右に振り、「とても珍しいです。僕が覚えている限りでは初めてですね」と、同じく小声で答えた。
納得がいかなそうな顔でテーブルに目を落としていた加奈子が、ようやく顔を上げる。
「仕方ないわね。そういうことなら、さっきの注文は取り消しにしてちょうだい。代わりに……そうね、私の人生の心残りを、あなたに聞いてもらうことにしようかしら」
「『マスターのカウンセリングティー』をご注文ということでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
加奈子がこくりと頷いた。クレームになるのではないかとヒヤヒヤしたけれど、彼女は本来、温厚な性格の持ち主のようだ。同じ接客担当のアサくんと同時に、ほっと息をつく。
「未桜さん」
マスターに目で合図され、未桜は慌てて棚からグラスを取り、氷を入れた。『マスターのカウンセリングティー』は、茶葉をブレンドする前にお客さんの話を聞く必要があるため、通常より大きいグラスで水を出すことになっている。
店内にお客さんが一人というタイミングでカウンセリングティーの注文が入るのは、未桜がここで働き始めて以来、初めてのことだった。
「あの……マスター」
「ん?」
「カウンセリングの様子、そばで見学してもいいですか?」
「いいけど、どうして?」
ただ、そばにいたい。──そんなこと、言えるはずない。
「勉強させてもらいたいんです。お客様のお話を聞く際の態度や、お客様が最も幸せになれる“来世の条件”の導き出し方を」
「そっか。アサくんさえよければ、僕のほうは問題ないよ。むしろ格好のチャンスかもしれない。ここのところ、どちらかといえば未桜さんの独壇場(どくだんじょう)だったから……そろそろ僕も店長として、いいところを見せないと」
マスターがくすりと笑い、後ろを振り返る。すると流し台の前に立っていたアサくんが、胸を張って親指を立てた。
「あ、僕は大丈夫ですよ! 他のお客様のご対応は任せてください。未桜さん、マスターのお株を奪わないように、気をつけてくださいねっ!」
緒林老人や長篠梨沙の一件を思い出し、顔から火が出そうになる。今回ばかりは絶対に出しゃばらないようにしよう──と胸に誓いながら、未桜は「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
元気よく声を張り、ガラス製のティーポットを磨いていたマスターに伝票を差し出した。
マスターがティーポットを置き、こちらを向く。伝票を受け取ろうと手を伸ばした彼の視線が、未桜が書いた文字の上をなぞった。
その瞬間、マスターの動きが止まった。「ああ、これは……」という独り言が、ぽつりとこぼれる。
「うーん、ちょっと待ってね」
マスターは困った顔をして、急ぎ足でバックヤードへと消えていった。背の高い後ろ姿をぽかんとして見送る未桜のところに、「あれれ、どうしたんでしょう?」とアサくんが駆け寄ってくる。未桜の持つ伝票を横から覗き込んで、しきりに首をひねっているところを見るに、アサくんの目から見ても、おかしな点はなかったようだった。
数分して、マスターが戻ってきた。未桜とアサくんのそばを素通りして、カウンターの上から、加奈子に直接声をかける。
「町井さま、申し訳ございません。小山内砂羽さんですが、現在、相席カフェラテで呼び出せない状況にあるようです」
「……どういうこと?」
「理由は分かりませんが、本部に確認したところ、ストップがかかってしまいまして。別の方をご指名いただくか、もしくは別のドリンクを選んでいただくことは可能ですか?」
隣に立つアサくんの二の腕をつつき、「そんなことがあるの?」と小声で尋ねる。アサくんはふるふると首を左右に振り、「とても珍しいです。僕が覚えている限りでは初めてですね」と、同じく小声で答えた。
納得がいかなそうな顔でテーブルに目を落としていた加奈子が、ようやく顔を上げる。
「仕方ないわね。そういうことなら、さっきの注文は取り消しにしてちょうだい。代わりに……そうね、私の人生の心残りを、あなたに聞いてもらうことにしようかしら」
「『マスターのカウンセリングティー』をご注文ということでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
加奈子がこくりと頷いた。クレームになるのではないかとヒヤヒヤしたけれど、彼女は本来、温厚な性格の持ち主のようだ。同じ接客担当のアサくんと同時に、ほっと息をつく。
「未桜さん」
マスターに目で合図され、未桜は慌てて棚からグラスを取り、氷を入れた。『マスターのカウンセリングティー』は、茶葉をブレンドする前にお客さんの話を聞く必要があるため、通常より大きいグラスで水を出すことになっている。
店内にお客さんが一人というタイミングでカウンセリングティーの注文が入るのは、未桜がここで働き始めて以来、初めてのことだった。
「あの……マスター」
「ん?」
「カウンセリングの様子、そばで見学してもいいですか?」
「いいけど、どうして?」
ただ、そばにいたい。──そんなこと、言えるはずない。
「勉強させてもらいたいんです。お客様のお話を聞く際の態度や、お客様が最も幸せになれる“来世の条件”の導き出し方を」
「そっか。アサくんさえよければ、僕のほうは問題ないよ。むしろ格好のチャンスかもしれない。ここのところ、どちらかといえば未桜さんの独壇場(どくだんじょう)だったから……そろそろ僕も店長として、いいところを見せないと」
マスターがくすりと笑い、後ろを振り返る。すると流し台の前に立っていたアサくんが、胸を張って親指を立てた。
「あ、僕は大丈夫ですよ! 他のお客様のご対応は任せてください。未桜さん、マスターのお株を奪わないように、気をつけてくださいねっ!」
緒林老人や長篠梨沙の一件を思い出し、顔から火が出そうになる。今回ばかりは絶対に出しゃばらないようにしよう──と胸に誓いながら、未桜は「よろしくお願いします!」と頭を下げた。