待っていたのだ、この日を。
 まだまだ綺麗(きれい)な桜並木が、川沿いの通りを薄ピンク色に彩っている。
 八(や)重(え)樫(がし)未(み)桜(お)が向かっているのは、このお洒落(しゃれ)な街の一角にあるカフェチェーン店だった。
「バイト、受かるといいねぇ」
 隣を歩く明(あき)歩(ほ)が言う。千葉の片田舎にある高校から、都内の女子大に進学した仲間同士。地元の寂れた商店街とはあまりにも違う、洗練された街の風景を、さっきから二人でキョロキョロと見回していた。
「未桜ってば、受験中、ずっと言ってたもんね! このつらい時期が終わって、晴れて東京の女子大生になれたら、イメチェンして可愛くなって、緑のエプロンをつけて、お花でいっぱいのカフェで働くんだ、って」
「あはは、お花が飾ってあるカフェなんて、実際はなかなかないけどね」
 そう答えながら、これから面接を受けにいく建物を思い浮かべる。太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぐ、ガラス張りの建物。内装はシックな黒で統一されていて、テラス席では若いカップルが談笑している。
まさに都会、まさに東京。
求人サイトから応募する前に、わざわざこの街に足を運んでお店の場所や雰囲気を確認したから、下見はばっちりだ。
今日も、電車のトラブルなどで遅刻しないように、三時間前には最寄り駅に到着した。「じゃ、私も」と駆けつけてくれた明歩のおかげで、近くの人気パンケーキ店で早めのお昼ご飯を食べられたのは、予想外の幸運だった。
「やっぱ、持つべきものは友だねぇ」
「どうしたの、しみじみと」
 明歩が苦笑し、前方に見えてきたガラス張りの建物を指差した。
「あそこでしょ? じゃ、私はここで。お店の前までついていったら、過保護だと思われちゃうもんね。面接で不利になったら大変」
「そんな、親じゃあるまいし!」
「姉くらいには見えるかも?」
「あっ、小さいって言った? 小さいって!」
 背の高い明歩に向かって、拳を振り上げる。明歩は未桜の攻撃をひらりとかわし、「結果報告、待ってるよぉ!」と手を振りながら、来た道を戻っていった。
 ──まったくもう! すぐバカにするんだからっ!