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「社長、失礼します」
俺が個室に入ると、ベッドに横たわっていた社長がゆっくりと体を起こした。
「無理なさらないでください」
「ありがとう」
慌てて駆け寄って、ベッドの背凭れを起こすのを手伝う。左腕に包帯を巻いた社長の姿は痛々しい。
「お加減はいかがですか?」
「大丈夫だ。ただ、傷の深さに反して出血が多かったらしい。もしかしたら左手に少し麻痺が残るかもしれないと医者に言われた」
「麻痺、ですか……」
そこまでのことになるとは。それに関しては少し誤算だった。
顔を曇らせる俺を見て、社長がハハッと声をたてて笑う。
「気にするな。どうせ、わたしはもうすぐ引退だ。リハビリして退院したら、あと少しだけ頑張るよ」
「実はそのことなんですが……今回和典さんが起こした一件で、取締役会では社長の責任と進退問題ついて重く見ています」
「そうか……」
「今回の被害者でもある社長には、非常に申しあげにくいのですが……和典さんが事件を起こす一因となった社長には、退院後に職を退いていただきたいと……」
「そうだな……和典はわたしを刺す直前に目を血走らせながら叫んでいた。『金がないと、アヤカに離婚されてしまう』と。和典は、あの女に心を囚われすぎておかしくなっている」
俺が重苦しい声と表情で伝えると、社長は目を閉じて頭を垂れた。