社長の安否が心配されたが、刺された場所が腕だったことと、周囲で見ていた人がすぐに救急車を呼んだことが幸いして、命に別状はなかった。

 社長を刺して逃げた男は目深にニット帽を被っていたが、間近で顔を見た警備員や山岡商事の社員たちから、「元専務の和典さんに酷似していた」という証言が多く上がり、逃走中の和典が逮捕されるまでにさほど時間はかからなかった。 

 事件は一応解決したように見えたが、和典が逮捕されたあとも、山岡商事の前には沢山のマスコミや報道陣が詰めかけてくる。
 通勤や帰宅中の一般の社員にもインタビューのマイクが向けられることで、それを良しとしない一部の社員たちからはクレームの声が上がっていた。

 それだけでなく、社長親子の金銭問題で起きた事件のせいで、山岡商事の評判や株価は一気に急落している。

 早く入院している社長を見舞いたいという気持ちもあったが、俺も昨日の夜からずっと取締役会議に出なければならず、忙しかった。
 それがようやく、少しだけ会社を抜け出して社長に会いに来ることができたのだ。

 社長の入院している個室の前に立ったとき、スーツのポケットの中でスマホが震えた。
 取り出してみると、メッセージが一件入っている。俺はその内容を確認だけすると、スマホをポケットにしまって、個室のドアをノックした。