「彼女との結婚生活を優先するために在宅勤務を中心にする」
 あるとき突然にそう言い出した和典は、次第に出社してこなくなり、ついには仕事自体をも完全に放棄した。

 和典のあまりの凋落ぶりに、社内の人間は「アヤカ」のことを「まるで傾国姫だ」と陰でそっと揶揄していた。

 和典の態度を問題視した取締役会は、彼を山岡商事の専務職から解任。
 一人息子の和典に将来の期待を寄せていた社長は、心労のあまり倒れた。そこからなんとか持ち直して職務に就いているものの、現社長にはもう山岡商事を以前のように引っ張っていくほどの勢いがない。

 和典が落ちぶれる前から彼の補佐役に就いていた俺は、和典が抜けたあとの穴を埋めるために必死に頑張って働いた。
 そこで昔の和典に引けをとらないくらいの成果を出したことが評価され、三年前に和典の後任として専務に抜擢された。

 俺の立場は名目上は社長補佐だが、社長は数年前に倒れてからあまり体調が良くない。
 最近ではすっかり判断力が鈍ってしまった社長に代わって、実質的には俺が、山岡商事の重要案件に関する決定打を下している。