「社長、大丈夫ですか?お茶でも持って来させましょう」
「あぁ、ありがとう」
俺の言葉に、社長が少し表情を和らげた。
内線で秘書室に連絡をとり、社長室までお茶を届けさせる。
「あまり声を荒げて興奮されると、お身体に障ります」
女性秘書が運んできた煎茶の湯呑みをデスクに置くと、両肘をついて頭を抱えていた社長が視線を上げた。
「わかっている。わたしの息子も、君のように気遣いができる優秀な男であればよかったのにな」
社長が湯呑みに手を伸ばして、ため息を吐く。
「和典様も、お気遣いのできる優秀な方でした」
「数年前、あの女と結婚するまではな」
社長が苦々しげに低くつぶやく。そんな社長を、俺は少しの同情を含んだ目で見つめた。
社長の一人息子である和典は、昔は仕事のできる優秀な男だった。
俺が山岡商事に勤めるようになってもう十五年以上になるが、入社数年目の新人の頃は、和典主導のプロジェクトによく参加していた。
社長の息子であるという贔屓目を抜いても、和典は頭が良く、統率力も抜群にある男で、現社長が退いたあとの山岡商事の次期リーダーとして誰からも期待されていた。
それが、五年前に出会った「アヤカ」という女にハマって溺れてからは、みるみるうちに落ちぶれていった。
三年前に周囲の反対を押し切ってその女と結婚してからは、特にひどい。