最初両親はいつも大丈夫と言ってた。けど、俺はお母さんの様子が変だとすぐに分かった。俺は小さい頃から、人の顔色を見るとなんとなく何を考えているのかが分かるんだ。

 お母さんがお茶を部屋まで持って来てくれた時、俺はこっそり部屋から出て行き、お母さんを尾行した。
 そしたらお母さんはおじいちゃんの部屋にお茶を持って行ったから、俺は扉の後ろに隠れて見てた。

「お茶を出すぐらいにそんなに時間がかかるのか?!」
「そもそもあんたが無能過ぎてあんな変な子が生まれてきたんだ。なのに図々しくまだこの家に住み込んでいるなんて。」

 お母さんは何も言い返さなかった。そしてお父さんもただ黙って横で見ていた。母は少し震えている。

 俺は部屋にこっそりと戻り、そして複雑な気持ちになっていた。まさにあの時の空と同じ、黒が青を染めていくような。
 俺はまさかあれほど両親に迷惑を掛けているとは想像もしていなかった。

 それから俺は部屋に籠るようになった。それがお互いにとって一番いいと思ったからだ。けど俺は間違いを犯した。お母さんは俺が引き籠りになったことで、更におじいちゃんに叱られるようになったのだ。
 たまにおじいちゃんの怒鳴りの声は数個部屋から離れだ扉を閉じた俺の部屋まで届いた。それでも俺は毎度耳を閉じ、ただこれままでいいと思った。

 こんな日々を重ねて、お母さんの心は病んでいった。それでもおじいちゃんはお母さんにプレッシャーを与え続けた。

 俺はお母さんがリストカットするところを何度か見た。そしていつも俺の能力が影響して傷口が完治する。それはお母さんにとってきっと辛いだろう。生きていることはお母さんにとって地獄のようなものだったから。

 あの日俺は朝早くに目が覚めた。そして何か食べるものがないかと冷蔵庫の中を漁っていた。いつもならお母さんが見えるのに、今日はどこにも見当たらないと思いつつ、外に散歩に出た。

 そして俺は駅まで歩いた。駅には人身事故による遅延のアナウンスが流れていた。俺は悪い予感がして、駅のホームへと駆け足で降りていった。俺はとてつもなく大きな衝撃に襲われ、その場で倒れそうだった。

 倒れていたのは俺のお母さんだった。

 血まみれで恐ろしい現場。それは何度も目を疑ったが、それは紛れもなく俺のお母さんだった。

 俺は涙がまるでもう自分のものでは無いかのように、ポロポロと流れてきた。
 俺はとにかくそこに横たわる現実を受け入れたくなくて、そこから離れることしかできなかった。
 気づいたら、家まで猛ダッシュで帰っていた。

 真っ先に聞こえてきたのが、おじいちゃんの罵声だった。

「まだ朝食の準備ができていないのか!簡単なことさえできないのかよ?!」

 おじいちゃんは家のどこにいても聞こえるくらい、ものすごく大きいな声で怒鳴っていた。けど返事なんてなかった。当然のことだ。いくら叫んでもお母さんは帰ってこない。
 俺は早く部屋に入りたくて、駆け足でおじいちゃんの部屋の前を通り過ぎた。幸いおじいちゃんには見られずにうまく部屋に入れた。

 俺はベッドの上に倒れ、何も考えられない。さっき見たことはただの夢であればいいのに、現実はいつもそうはいかないと分かっている。

 間もなく、その悲しい知らせがお父さんに届いた。

 お母さんを失くした後、お父さんは突然態度が変わった。俺がピアノを上手く弾けないと、毎回硬い棒で俺を強く叩いた。

 そしてお父さんもおじいちゃんとよく喧嘩するようになった。まるで今まで抱えてきた不満を押し付けるようにとね。やがておじいちゃんはそのうち長い間抱えていた病によりこの世を去った。俺はおじいちゃんのことなど大嫌いだったが、やはり家族の死は悲しくて泣いた。

 あれからお父さんはまるで別人になった。俺の練習を見ることさえしなくなった。そしてある日お父さんは一人で出かけたきり帰ってこなかった。

 俺はこの地に留まってもなんの役にも立たないと思い、旅立つことを決意した。