「音瀬。なんだか聞き覚えがあるような感じなんだけど、どうだったかな。」
「そう言えば、母から聞いたことがあるような。ついでに探してみるか、母の日記。」
「確かにここにあったような気がしたんだけど。」

 私はかつて両親が寝室として使ってた部屋を片付けながら、日記を探してる。片付けながらも小さい時母の布団に寝込んで、母が困っていてもいつも譲ってくれた。そして母は直接畳の上で寝ていた。
古い襖を開けようとしたけど、もう長い間開いてなく、とても開け辛い。やっと開いたと感心した。

 するとそこにはいくつかのボロボロなダンボールがあって、よく見ると母の字が書いてある。そしてかつて母と父が使っていた布団が今にもその中にいる。

 そのダンボールを取ろうとしたら、手が黒になちゃった。ずっと放置してたから流石に埃がかぶってしまっていた。よく見ると、母は年代を書いたようた。何より母がちゃんと年代順にまとめておいたようで、探しやすい。母は本当に昔からどんなことに対しても丁寧で繊細な人だった。

 正直言うと、母の日記を勝手に読むのはすごく不敬なことだから。でも今見るしかないから、掃除を兼ねて見てみることにした。

「失礼します。」

 私は小さく囁いて、母の日記を丁寧にめくる。畳の上に正座しながら見た。やっぱり母はとても真面目な人だった。何故なら母の日記は日々の生活を毎頁の最後の一列まで書いた。

「え?嘘でしょ?!」

 私は思わず大きい声を出してしまった。母の大切な日記を床に落とした。私の口は開いたままで、手が震えて止まらない。

 母の日記には音瀬という名前があった。何より苗字だけでなく、名も全く同じだった。それだけではない。母は彼の顔や容姿の特徴についてしっかり記録していた。私は確信した。三十年前に、彼は間違いなく私の母に会っていたのだ。
 あの当時、彼は十六で、母は十七。

 それだけではない。驚いたことに、その日記にある日付は、あの日彼が私を訪ねて来た日付と一致してる。
 あの日、彼はきっと何も知らないふりをして、私に会いに来たのだ。
何もかも彼の思惑通り。

 母の日記によると、音瀬はお見合いの相手で一つ年下のようだった。
音瀬一家は男尊女卑の家庭らしい。母はその理念に納得できなかったため、縁談は破談になったようだった。

 母の日記を読んでいると時間があっという間に過ぎてしまい、外はもう黄金の景色となっている。

「なのにどうして彼は私と同い年の男の子に見えるの?」

 私は思わず口に出して、そう言った。それは正直信じ難い事だけどありえない訳でも無い。彼も私のように不思議な能力を持っているのかもしれない。

 それでも分からない。どうして彼が私に会いに来たりするの?私は母の日記を閉まって、立ち上がった。そして夕日を眺めながら彼と会った日のことを思い出してしまう。

 もし彼がまた来るのであれば聞きたいと思う。久しぶりに人と関わりたいと思った。私は彼となら普通に話ができるかしら。
 それでも私は試してみたい。何にせよ彼なら私の痛みが分かるかもしれないから。

 だけどあの日、私は彼に酷いことを言ってしまったから、もう来ないかもしれない。そう思うと、後悔の気持ちでいっぱいになった。

 一回でもいいから彼にもう一度来て欲しいと、私は強く願った。