魔人が乗った魔狼フェーンは、その巨体に似合わない速度で襲い掛かってきた。
ゴウッっと風が巻き起こり、その風圧だけでも吹き飛ばされそうだ。
魔人は魔狼フェーンの上に乗っており、そこから指示を出しているだけのようだ。
普通に考えて、この魔狼さえいれば並の冒険者ならあっという間に蹴散らされただろう。
そう、並みの冒険者ならばだ。
「この先は人が住む場所だよ?あなた達を先には行かせないんだから!」
クレスが迫ってくる魔狼の前に立ちはだかった。
その全身からは銀色の光が、まるで炎かのように揺らめきながら放たれている。
「お願い!正気に戻って!」
俺達が外に出る前に、村長がギルド職員に訴えていた。
『守り神様が居なくなってしまったら、この町は終わってしまうのだ!どうか守り神様を助けてやってくれないか!?』と。
そしてきっとヘルメスも、このフェーンを助けたいと思っているに違いないだろう。
だから、俺達がやらないといけないんだ。
「…退魔の光よ、悪意を打ち消せ!『銀の制裁ッ』!!」
きっとあれは、オーガロードを倒した時と同じ光だろう。
朧げながらも覚えている。
あの強く、清らかな光が俺の命を守り、敵を討ち滅ぼしたことを。
強く輝く銀色の光が、魔狼フェーンが纏っている瘴気を消し去っていく。
その銀の光に怯み、魔狼フェーンの足がそこで止まった。
先ほどまで余裕をかましていた魔人は、その光を見て驚愕の顔に変わる。
咄嗟に直撃を避けたようだが、数か所その光に当たり、体から黒い煙を上げている。
「ば、馬鹿な!?この光はまさかっ!?…くっ、貴様はあの銀の一族だったのか!ならばここで確実に消さねばなるまい!」
魔人は、クレスが銀のチカラを使えると気が付いたようだ。
やはりあの魔人は、ヴァレス達が言ってたのと同一の存在のようだな。
しかし、なぜかあの魔人からは小物感がするんだよなぁ。
なんていうか、町のガラが悪い奴の下っ端的な?
だってほら、クレスに気を取られて気が付いていないし。
「どこを余所見しているの?」
クレスの『飛翔』を受けて、空を舞ったレイラが魔人の真後ろから現れた。
高速で繰り出す剣には、真っ赤な炎が纏わりついている。
「燃えて弾けろっ!『爆炎高速剣《ばくえんこうそくけん》』!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴウンッ!!
一撃一撃が当たるたびに爆音を鳴らし、魔人のローブが弾け飛んでいく。
「ぐうううっ!たかが人間の小娘が小癪な!」
魔人は堪らず魔狼フェーンから飛びあがり、空中に逃げる。
しかし、このたった一瞬で魔人のローブは爆炎でボロボロだ。
遂に燃え尽きたローブの下から出て来たのは、まるで亡霊の様な体と髑髏の顔であった。
「まるで幽霊みたいですわ…」
その姿を見て思わず呟く。
だが俺も同じことを考えていた。
まるでギルドの『魔物図鑑』に載っていたレイスとかいう奴みたいだ。
違うのは、髑髏の部分が真っ黒で、その眼窩から青白い瘴気が溢れているという所だろう。
しかも右手には、杖ではなく黒い布で覆われた槍を持っているのだ。
そもそもあの槍はなんだ?
『ウードよ、クレスとレイラに気を取られている内に、フェーンの魔力を瘴気ごと吸い取るのだ!』
「あれに近づくのか!?」
黒い小山のような魔狼フェーンに近づくのはかなり勇気がいる。
今のでかなりダメージを受けたとしても、俺一人くらい難なく吹き飛ばせそうだ。
『お主、自分の娘が正面から挑んでいるのに、何を情けない事を言っているのだ!』
「じょ、冗談だよ。勿論いくよ!」
一瞬躊躇ってしまったが、もちろん行くしかない。
分かっていても、怖いものは怖いのだ。
だが、クレスに頼りっきりではいつか置いてかれない。
ここはお父さんの頑張りどころだな!
「いくぞ、ヘルメス!吸い込め~~!」
駆け足でフェーンの近くまで寄って、智慧の杖を翳す。
そして意識を集中させてヘルメスに合わせる。
「『吸魔』!!」
ギュウウウーンっ!と音がしそうな程、勢いよく魔力が流れ込んでくる。
例え元が瘴気でも、魔力に還元してしまえば何も影響を及ぼさないらしい。
俺は自身の体の中に、純粋な魔力が溜まっていくのを感じた。
「このまま元に戻ってくれ~!」
「なんだ!?魔狼のチカラが弱まっていく?ぐうぅ、させるものか!魔狼よ、───荒れ狂え!」
───え?
一瞬、世界が真っ黒に染まる。
気が付くと、自分の目の前には地面が見える。
なんで俺は、今地面を見ているんだ?
そうか、俺は今吹き飛ばされたんだな。
じゃなきゃ、こんなに全身が痛いわけが無い。
「───さんっ!」
「──おとうさんっ!」
ああ、クレスが呼んでいるな。
起き上がらないと。
「ウードさん!ジッとしててください!今私が治療していますわ!」
マリアが駆け寄ってきたな。
でも、みんなゆっくり動いているなぁ…。
あ、向こうにお花畑が。
でも、ちょっと眠いから、ここでちょっと寝かせてくれないか?
と俺は意識を手放そうとした・・・が。
ガコッ!
いてっ!
『何を勝手に旅立とうとしているのだ?安心せい、今お主の『治癒』が終わったぞ』
「あれ。俺、今死に掛けたか?」
どうやら、一瞬逝きそうになってたようだ。
まだまだこの歳で死ぬわけにはいかんな。
どちらにしろ、ヘルメスは簡単に死なせてはくれないだろうし。
しかし、これはやばいぞ。
魔人はいつの間にかいないけど、クレスもレイラも血を流して膝を付いている。
というか、俺の下にも血だまりがある事を見ると一番ひどい状態だったみたいだな。
マリアは無事だが、他の冒険者達も倒れている。
「マリア、今一体何が起こったんだ?」
「レイラとクレスが魔人を追い込んだのですが、どうやら何かしたみたいですわ。ウードさんが魔力を吸い込んで少し弱ったように見えたんですが、急に魔狼が爆発して皆が吹き飛ばされたんです。その後は暴走したように暴れまわっていますわ」
そう言われて、魔狼フェーンを見ると目と口から瘴気を漏らしながらも無秩序に暴れている。
ああ、周りにあった果樹がどんどんなぎ倒されているな。
逃げ遅れていた冒険者も、その暴走に巻き込まれているみたいだな。
あたりには動けなくなった冒険者が血を流して倒れている。
何人かは魔術師の治療を受けているようだが、そもそも人手が足りないみたいだ。
魔術師たちは町の方に流れてきた魔物退治に専念しているらしく、そっちの討伐が終わらないとこちらの救援には来れない。
そのため、山側に派遣されたのは少人数だったからだ。
「俺はどのくらい気を失っていた?」
「おおよそ10分くらいですわ」
「そんなにか?!」
「ウードさん。このままじゃ、救援が来る前に全滅してしまいますわ。クレスもレイラも耐えていますが、治療しようにも魔狼が早すぎてこれ以上近づけないんです」
マリアまで倒れてしまえばパーティーが全滅しかねない。
そこで俺の治療を優先したようだった。
クレスもレイラも息も絶え絶えに、なんとか耐えているようだ。
これ以上の先手を取らせないために、常にどちらかが戦闘を仕掛けている。
しかし、このままいけば間違いなく負ける。
まるで最後の命を燃やし尽くさんばかりに暴れまわる魔狼は、その攻撃の手を緩める様子は無い。
「ヘルメス、このままじゃ拙い。アレをやろう」
『・・・折角溜め込んだ魔力が無駄になってしまうが、仕方あるまい。このままでは死者が出てしまうだろう。ウードよ、覚悟はいいか?」
「ああ、いいぞ!やろう!」
俺は右手に智慧の杖を握り締め、目を瞑る。
そして、その身を神に捧げるのだ。
『───神の贄はその身を捧げ、我はその魂を貸し与える。『神降し』!』
ゴウッっと風が巻き起こり、その風圧だけでも吹き飛ばされそうだ。
魔人は魔狼フェーンの上に乗っており、そこから指示を出しているだけのようだ。
普通に考えて、この魔狼さえいれば並の冒険者ならあっという間に蹴散らされただろう。
そう、並みの冒険者ならばだ。
「この先は人が住む場所だよ?あなた達を先には行かせないんだから!」
クレスが迫ってくる魔狼の前に立ちはだかった。
その全身からは銀色の光が、まるで炎かのように揺らめきながら放たれている。
「お願い!正気に戻って!」
俺達が外に出る前に、村長がギルド職員に訴えていた。
『守り神様が居なくなってしまったら、この町は終わってしまうのだ!どうか守り神様を助けてやってくれないか!?』と。
そしてきっとヘルメスも、このフェーンを助けたいと思っているに違いないだろう。
だから、俺達がやらないといけないんだ。
「…退魔の光よ、悪意を打ち消せ!『銀の制裁ッ』!!」
きっとあれは、オーガロードを倒した時と同じ光だろう。
朧げながらも覚えている。
あの強く、清らかな光が俺の命を守り、敵を討ち滅ぼしたことを。
強く輝く銀色の光が、魔狼フェーンが纏っている瘴気を消し去っていく。
その銀の光に怯み、魔狼フェーンの足がそこで止まった。
先ほどまで余裕をかましていた魔人は、その光を見て驚愕の顔に変わる。
咄嗟に直撃を避けたようだが、数か所その光に当たり、体から黒い煙を上げている。
「ば、馬鹿な!?この光はまさかっ!?…くっ、貴様はあの銀の一族だったのか!ならばここで確実に消さねばなるまい!」
魔人は、クレスが銀のチカラを使えると気が付いたようだ。
やはりあの魔人は、ヴァレス達が言ってたのと同一の存在のようだな。
しかし、なぜかあの魔人からは小物感がするんだよなぁ。
なんていうか、町のガラが悪い奴の下っ端的な?
だってほら、クレスに気を取られて気が付いていないし。
「どこを余所見しているの?」
クレスの『飛翔』を受けて、空を舞ったレイラが魔人の真後ろから現れた。
高速で繰り出す剣には、真っ赤な炎が纏わりついている。
「燃えて弾けろっ!『爆炎高速剣《ばくえんこうそくけん》』!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴウンッ!!
一撃一撃が当たるたびに爆音を鳴らし、魔人のローブが弾け飛んでいく。
「ぐうううっ!たかが人間の小娘が小癪な!」
魔人は堪らず魔狼フェーンから飛びあがり、空中に逃げる。
しかし、このたった一瞬で魔人のローブは爆炎でボロボロだ。
遂に燃え尽きたローブの下から出て来たのは、まるで亡霊の様な体と髑髏の顔であった。
「まるで幽霊みたいですわ…」
その姿を見て思わず呟く。
だが俺も同じことを考えていた。
まるでギルドの『魔物図鑑』に載っていたレイスとかいう奴みたいだ。
違うのは、髑髏の部分が真っ黒で、その眼窩から青白い瘴気が溢れているという所だろう。
しかも右手には、杖ではなく黒い布で覆われた槍を持っているのだ。
そもそもあの槍はなんだ?
『ウードよ、クレスとレイラに気を取られている内に、フェーンの魔力を瘴気ごと吸い取るのだ!』
「あれに近づくのか!?」
黒い小山のような魔狼フェーンに近づくのはかなり勇気がいる。
今のでかなりダメージを受けたとしても、俺一人くらい難なく吹き飛ばせそうだ。
『お主、自分の娘が正面から挑んでいるのに、何を情けない事を言っているのだ!』
「じょ、冗談だよ。勿論いくよ!」
一瞬躊躇ってしまったが、もちろん行くしかない。
分かっていても、怖いものは怖いのだ。
だが、クレスに頼りっきりではいつか置いてかれない。
ここはお父さんの頑張りどころだな!
「いくぞ、ヘルメス!吸い込め~~!」
駆け足でフェーンの近くまで寄って、智慧の杖を翳す。
そして意識を集中させてヘルメスに合わせる。
「『吸魔』!!」
ギュウウウーンっ!と音がしそうな程、勢いよく魔力が流れ込んでくる。
例え元が瘴気でも、魔力に還元してしまえば何も影響を及ぼさないらしい。
俺は自身の体の中に、純粋な魔力が溜まっていくのを感じた。
「このまま元に戻ってくれ~!」
「なんだ!?魔狼のチカラが弱まっていく?ぐうぅ、させるものか!魔狼よ、───荒れ狂え!」
───え?
一瞬、世界が真っ黒に染まる。
気が付くと、自分の目の前には地面が見える。
なんで俺は、今地面を見ているんだ?
そうか、俺は今吹き飛ばされたんだな。
じゃなきゃ、こんなに全身が痛いわけが無い。
「───さんっ!」
「──おとうさんっ!」
ああ、クレスが呼んでいるな。
起き上がらないと。
「ウードさん!ジッとしててください!今私が治療していますわ!」
マリアが駆け寄ってきたな。
でも、みんなゆっくり動いているなぁ…。
あ、向こうにお花畑が。
でも、ちょっと眠いから、ここでちょっと寝かせてくれないか?
と俺は意識を手放そうとした・・・が。
ガコッ!
いてっ!
『何を勝手に旅立とうとしているのだ?安心せい、今お主の『治癒』が終わったぞ』
「あれ。俺、今死に掛けたか?」
どうやら、一瞬逝きそうになってたようだ。
まだまだこの歳で死ぬわけにはいかんな。
どちらにしろ、ヘルメスは簡単に死なせてはくれないだろうし。
しかし、これはやばいぞ。
魔人はいつの間にかいないけど、クレスもレイラも血を流して膝を付いている。
というか、俺の下にも血だまりがある事を見ると一番ひどい状態だったみたいだな。
マリアは無事だが、他の冒険者達も倒れている。
「マリア、今一体何が起こったんだ?」
「レイラとクレスが魔人を追い込んだのですが、どうやら何かしたみたいですわ。ウードさんが魔力を吸い込んで少し弱ったように見えたんですが、急に魔狼が爆発して皆が吹き飛ばされたんです。その後は暴走したように暴れまわっていますわ」
そう言われて、魔狼フェーンを見ると目と口から瘴気を漏らしながらも無秩序に暴れている。
ああ、周りにあった果樹がどんどんなぎ倒されているな。
逃げ遅れていた冒険者も、その暴走に巻き込まれているみたいだな。
あたりには動けなくなった冒険者が血を流して倒れている。
何人かは魔術師の治療を受けているようだが、そもそも人手が足りないみたいだ。
魔術師たちは町の方に流れてきた魔物退治に専念しているらしく、そっちの討伐が終わらないとこちらの救援には来れない。
そのため、山側に派遣されたのは少人数だったからだ。
「俺はどのくらい気を失っていた?」
「おおよそ10分くらいですわ」
「そんなにか?!」
「ウードさん。このままじゃ、救援が来る前に全滅してしまいますわ。クレスもレイラも耐えていますが、治療しようにも魔狼が早すぎてこれ以上近づけないんです」
マリアまで倒れてしまえばパーティーが全滅しかねない。
そこで俺の治療を優先したようだった。
クレスもレイラも息も絶え絶えに、なんとか耐えているようだ。
これ以上の先手を取らせないために、常にどちらかが戦闘を仕掛けている。
しかし、このままいけば間違いなく負ける。
まるで最後の命を燃やし尽くさんばかりに暴れまわる魔狼は、その攻撃の手を緩める様子は無い。
「ヘルメス、このままじゃ拙い。アレをやろう」
『・・・折角溜め込んだ魔力が無駄になってしまうが、仕方あるまい。このままでは死者が出てしまうだろう。ウードよ、覚悟はいいか?」
「ああ、いいぞ!やろう!」
俺は右手に智慧の杖を握り締め、目を瞑る。
そして、その身を神に捧げるのだ。
『───神の贄はその身を捧げ、我はその魂を貸し与える。『神降し』!』