『ウード、あの山に行ってくれ。我は、あそこに行って確かめねばならないことがあるのだ』

 頼み事をしてくること自体珍しい事だだ、こんな緊急時にわざわざ言ってくるという事は余程の事なのだろう。
 しかも、おなじ元山の神様としては通じるものがあるのかもしれない。

「お父さん、ヘルメスが言うって事はあそこにこの騒動の原因があるって事?」

「でも、私達が行って何か出来るのかしら?そもそも、あの魔物達を突破しないと山を登る事すら出来ないですわ。しかも、今あの山は火事になってて下手すれば火に巻き込まれて死んでしまいます!」

 クレスは、ヘルメスの真意を知りたいようだが、マリアがそもそも反対だと言う。

「わたしも山を登るのは危険だと思う。だからまずは町に流れてきた魔物を倒すことが先じゃないかな?」

 レイラが言う事も尤もな事だ。
 魔物を倒すのは俺達じゃなくても出来るだろう。

 しかし、怒っているという山の神と交渉出来るのは俺達…、いや俺の相棒ヘルメスしか出来ないのかもしれない。
 それを考えたら、行くのが正しい気がする。

 しかし、あの燃える山を登るのは流石に危険過ぎる。
 山火事の中にこの子達を連れて行くのは、死ににいかせるようなもんだ。
 そんな事するわけにはいかない。

 まずはあの火事をどうにかしないとだな。
 魔法で一気に消したり出来ないか?
 そんな都合のいい事出来る人現れるわけないか。

「おー、レイラここにおったか。探したぞ?」

「え、師匠!?なんでここに?!」

 そんな事を考えていたら、出来そうな人来たーっ!?

 師匠という事は、この人がレイラに魔法を教えてくれている人だよな。
 なんでも、王宮の魔術師のお偉いさんだったとか…。

 だがどう見ても、普通のお爺さんにしか見えないんだが!?
 いや、普通と言うには衣服は地味ではあるがいい素材を使ってそうだし、身なりもきちんとしている。

 ただ魔術師って感じではないよなぁ…。

「ふむ、お主はこの子らの保護者かの?なんだ、儂の顔に何かついているかの?」

「いいえ、滅相もございません!」

 一瞬考えている事がバレたのかと思って、焦って変な反応をしてしまった。
 コホンと咳払いしてから、改めて話をする。

「ええと、貴方がレイラに魔法を教えてくれているアーネスト様ですか?お話は聞いております。私は、この子達とパーティー組んでいる、リーダーのウードです」

 宜しくお願いしますと手を差し出すと、アーネストは握手を返して自己紹介をする。

「そうじゃ、儂はアーネストだ。今は只のアーネストじゃぞ。そうかなるほど、お前さんがリーダーだったかの。ならば話が早い、少し協力を仰ぎたいと思って来たのだ」

「協力ですか?」

「そう堅くならんでいい。お堅いのは苦手での。での、単刀直入に言うぞ?山から大量に流れてきたあの魔物達を蹴散らして、町の安全を確保したのち山火事を鎮めたいのだ。その為に、お主達にも儂と来て欲しいのだ」

「俺達であの魔物の群れを突破しろと!?それはかなり無茶な気がするんですが」

「儂一人でも、あのくらいのランクであればいくらでも蹴散らせるのだが、いかんせん数が多すぎるのだよ。だからの、お主らは儂が詠唱中に魔物に襲われぬように守って欲しいのだ」

「お爺さんの周りを守るくらいなら大丈夫です、任せてください!」

「うむ、儂はお爺さんじゃなくてアーネストと言うんだよ。覚えてくれな、お嬢さん」

 クレスが屈託ない笑顔でそう言うと、お爺さん呼びされたアーネストは困った顔をしていた。
 あの歳になっても歳の事は気にするらしい。

「師匠、あんな山火事をひとりでなんとか出来るんですか?」

「それくらい出来なければ、王宮でなぞ働けんのだの。まぁ、お主らは儂の近くで魔物を倒してくれれば良い。さて、行こうかの?」

「分かりました。それじゃあ、俺らラ・ステラは魔物討伐およひアーネストさんの護衛を引き受けますよ」

 そういうと、ギルド職員がもう一枚のクエスト書を渡してきた。
 話を聞いていたのか、アーネストを護衛する内容が記載してある。

 しかも依頼主は町長となっていた。
 ギルドもこのアーネストの実力を理解しているんだろうな。
 それだけ凄い人だという事なんだろう。


 クエストを受け取ってすぐに魔物討伐の為に外に出る。
 レイラは師匠と一緒という事で、期待半分、緊張半分というところか。
 俺もレイラの成長ぶりをこの目で見れると思うと、かなり楽しみだ。

 既に冒険者ギルドから偵察隊が出ていて、魔物の数はおおよそ300体。
 ランクこそ最高でCランクとそれほど高くないが、それでもこの数であれば町一つが滅ぶレベルだ。

 そんな魔物を統率し、町に出ないようにしていた魔物達の頂点と言える山の神。
 それはどれほどの存在なんだろうか?

「山の棲む守り神とは、どんな存在なんですか?」

 移動しながら、アーネストに尋ねてみる。
 軽く自己紹介をしてから出発したので、アーネストがこの町出身で現役引退後に生まれ故郷であるこのウインドの町に戻ってきたという事を聞いた。

 俺らについては、レイラからある程度聞いているらしい。
 クレスについては、少し不思議そうな顔をしてみていたが、詳しくは聞いてこなかった。

 流石王宮魔導士ともなれば、色んな人を見てきているんだろう。
 色々と弁えているらしい。

「余所から来たお主らでは、知らんのも無理ないか。この町の守り神は、あの山の何かを守る為に1000年ほど前からいるらしいのだ。その姿は巨大な狼での、それは美しいお姿であるのだの」

「巨大な狼か…。名前はあるんですか?」

「そうだの。『炎嵐《えんらん》の|神狼(しんろう)フェーン』と言うのだの」

「炎嵐の神狼か…、凄い名前だな」

 そこでヘルメスの方をちらっと見て、そういやヘルメスにもそういう名前があったのではと思う。
 その視線に気が付くも、その話をしてくれはしなかった。
 その代わりに違う事を教えられた。

『やはり、あの山の主はフェーンであったか。奴はな、遥か昔は我と同じく神に仕え共に戦った同胞なのだ』

 うへえっ!?
 と危うく変な声を出しそうになる。
 知っているどころか、ある意味で戦友という事じゃないか。
 なるほど、ずっとあの山に行きたがっていたのはそう言う事だったのか。

「それぼーっとするでないぞ?この程度の相手であっても、油断すると怪我をするでの」

 おっといかんな。
 俺のような凡人が、こんな戦場みたいな場所で考え事をしている場合じゃないな。

 そもそも、アーネストさんの『この程度』の基準がおかしくはないか!?
 魔物としては最下層のゴブリンがわんさかいるだけでも脅威なのに、オークやら先日苦戦を強いられたオーガも数匹混ざっている。

 さらに魔物だけでなく、魔獣も結構混ざっていた。
 中でもビックベアと言われる魔獣化した熊や、ワイルドボアと言われる巨大化した猪。
 さらにエースの倍くらいの大きさがある黒い狼型の魔獣も混ざっている。
 あれは瘴気を吸い込み変化したとされるダークウルフとかいう奴だろうか?

 どれも腕力だけで勝てる相手ではなさそうだ。
 俺はいつも通り、3人をサポートをする位置に回り牽制の為の弓を構えるのであった。