「おや、可愛らしいお嬢さん。こんな隠居した爺様に何か用かな?」

 中から出てきた老人は、聞いてたよりも優しげに尋ねてきた。
 ただ、目が笑っておらずその視線はレイラを見透かすようだ。

「えっと、炎の魔法の訓練をしたくて、魔術師ギルドに聞いたら貴方なら教えてもらえるかも知れないって聞いて来たんです」

「なるほどのう。それで、なぜ魔法を覚えたいのだ?」

「はい、わたし冒険者のパーティに入ったのだけど全然役に立てなくて、不得意な魔法をちゃんと使えるようになったらもっと役に立てると思ってるんです!だから…」

「ふーむ。レイラといったかな?見たところ、魔法の才能はあるようだが、うまく修得出来てないのかな?」

「はい…。自分なりには頑張ったつもりなんですが、うまくコントロール出来なくて」

「ほうほう。…なるほど、だからかの。ふむ、良いぞ。儂が見てやろう。そうだのう、ギルドにはいくらと言われた?」

 一瞬雰囲気が変わったかと思うと、レイラの中を覗くように見る老人。
 自分を見透かされているかのように感じる。
 何だろうと思った時には、元に戻っていた。

 レイラは意識を話に戻し、ギルドに提示した最大金額を素直に述べる事にした。

「具体的には言われてないですけど、金貨5枚までは出せると言ったらお爺さんを紹介してくれました」

「なんと金貨5枚?!お嬢さんが持つには随分と大きな金額だのう。あー、それと金はいらん…と言いたいのだが、ギルドの紹介だと奴らに手数料を払わねばいけないのでな、金貨1枚で手を打とう。それでどうかな?」

「え、いいんですか?!はい、有難うございます!!」

 老人が引き受けると答えてくれたので破顔して喜ぶレイラ。
 気が緩んだのか、ふと率直に思ったことを口にした。

「あ…、そのすみません。疑うわけじゃ無いんですが、お爺さんは本当に魔法を扱えるのですか?余りにも普通の人過ぎて…」

「はっはっは。歯に着せぬ物言いは嫌いではないぞ。どれ、ではせっかくなのだ、分かりやすいのをやって見せよう」

 老人はそう言うと、何やら呟いてから天に手を翳した。
 そして、より声を張り上げて叫ぶように詠唱する。

 赤い光が一点に集中して集まっていき、膨張を始める。
 
 「爆ぜよ!!────『エクスプロージョン』!!」

 老人が素早く唱えると、遥か上空で大爆発が起きた。
 爆発により起きた衝撃で、空を飛んでいた鳥達がバタバタと落ちてきた。

 すると、下からわぁーっと歓声が上がった。
 何事かと下を見ると、農園の人達が喜びながら今落ちた鳥をちゃっかり集めていた。

「おー!アーネスト様が派手にやっとるぞっ!!こりゃあ、ありがてぇ」

「いつ見ても流石だわぁっ!!」

 驚くどころか、まるで英雄かのように眼下の農園の人々が目の前の老人を讃えた。

 それにしても、老人が放った魔法は、紛れもなく一流だった。
 一瞬であの規模の魔法を使える魔法使いをレイラは見たことが無い。
 正直に凄いと思ったのだった。

 しかし、それ以上にここの農民達が物怖じしない性格な事に驚くレイラ。
 ここの人たちはこれくらいが日常茶飯事なのだろうか?

「ほっほっほ、少しは驚いたかね?儂はアーネストと言う。少し前まで王宮筆頭魔道士とか言われておったが、今じゃただの魔導士の爺さんじゃよ。さて、お主から見て、儂は合格かな?」

 呆気に取られてたレイラは、はっと我を取り戻しコクコクと頷いた。

「も、もちろんです!凄いねおじ・・・アーネスト様」

「様付けはいらんよ。では、さっそく始めようか。おっと、先に代金はいただいておくかのう。さっきも言った通りギルドに支払うお金がいるのでな」

「はい、それじゃこれをどうぞ」

 レイラは懐から1枚の金貨を取り出し、アーネストに差し出した。
 アーネストはそれを受け取ると、偽物じゃない事を確認してから自分の懐へしまった。

「さて、レイラと言ったかの。とりあえず中に入りなさい」

「はい、お邪魔しまーす」

 中に入ると、やはり質素な生活をしているのか物は少ない。
 しかしよく見ると、どれも派手では無いが高価な物ばかりが置いてあった。

 レイラもこう見えて商人の娘だけあり、物の価値は見ればわかる。
 小さな頃に両親に鍛えられ授かった賜物である。

「良い品をお持ちなんですね」

「ほう、これらの価値が分かるのか?見た目よりも教養があるようだの。ああ、あと無理して畏まった話方をしなくて良いぞ。堅苦しいのは好きじゃないのでな」

「本当?!良かった~、いつボロを出してしまうか心配だったわ」

 ほっと胸を撫でおろすレイラ。
 家業が商人なだけあり、そのくらいは出来るのであるが本人に苦手意識があるため、必要以上に丁寧に話すのが苦手であった。
 それをしなくてといいと言うので素直に普段に口調に戻すのであった。

「かっかっか、正直な子だな。だが、素直な事は悪い事ではないぞ。さて、まずは魔法の基礎についての講義をしようかの」

「えっと、講義…」

「露骨に嫌そうな顔をするでない。可愛い顔が台無しじゃぞ。魔法の仕組みをしっかり理解せねば、せっかく才能があっても上手く扱えんのだぞ?レイラ、今のお主のようにな」

「それは、わたしに知識が足りないという事?」

「どちらかと言うと、知識だけしかないと言うべきだの。理解するというのは、もっと深く識るという事じゃな」

 そういうと、絵が描かれた一冊の本を取り出すアーネスト。
 そこには可愛らしい妖精や精霊が描かれていた。

「自然にある魔法は大きく4つの魔法元素で構成されている。それは火・水・風・土だ」

「ええ、それは知ってるわ」

「うむ。これらが色んな働きをし、形を変える事で色々な事象を引き起こすことが出来る。それがこの世界の魔法なのだ」

「うん」

「例えば、火元素は大きく広がり勢い良く燃えれば炎となる。水は凝縮すれば、石にも穴を空ける威力を持ち、熱を無くせば氷となる。風は勢いを鋭くすれば刃となり、圧縮して擦り合わせて摩擦を起こせば雷を起こす。土は固めれば岩にもなり、小さな粒子にすれば砂となる。これらを具体的にイメージし、魔力によりて具現化したのが魔法なのだ。ここまでは良いかな?」

「ええーと、魔法はイメージ力と魔力の扱い方だと教わったわ」

「うむ宜しい。そして、そのイメージ力と魔力のコントロールがしっかり出来ていないせいで、殆どの人が上手く魔法を扱えんのだよ」

「じゃあ、わたしもその二つがちゃんと出来れば魔法が使えるようになるという事?」

「もちろんだ、レイラ。ちなみにこのイメージと魔力のコントロールのどちらが簡単だと思う?」

「えっと、イメージは頭に強く思い浮かべれば出来ると思うので、魔力のコントロールの方かな?」

「いいや逆だよ。案外イメージを固定化するというのは大変なのだよ。だから皆は、魔導書やら魔道具によってそれを補助しているのだ」

「あれって、魔法を覚える為の道具だと思ってた」

「ああやって、具体的にイメージを与える事により、より頭に思い浮かべる事を簡単にするものだよ」

「そうだったんだ。でも、それを使っても上手くいった試しが無いけど・・・?」

「それは、イメージの仕方を間違っているのだ。レイラは、魔法を凄いものだと思い込んでいないかね」

「凄いもの?だって、魔法は凄いでしょう?普通の人は苦労する事を簡単にしちゃうじゃない」

「そう、だから難しいものだとイメージ過ぎているのだ」

「うーん、良く分かんない」

「じゃあ、実際にやってみようかの。こっちにきなさい」

 そういうとアーネストは奥の部屋へ案内する。

 中に入ると、様々な魔法書や魔道具が綺麗に並べてあった。
 それだけでもアーネストの几帳面さが伺えた。

「あそこに的があるだろう。あれに向って好きな魔法で狙って見なさい」

「えっと、魔法で壊せばいいの?」

「いや、当てるだけで良い」

「当てる・・・。分かったわ、やってみる」

 レイラは自分に適性があると言われている、火の魔法を使う事にした。
 火が燃え上がり、的を燃やし尽くすイメージを強くする。

 そして、魔法を放った。

「ファイヤーボール!」

 すると燃え盛る火球が作り出されて、勢い良く的に向っていく。
 しかし、その的に当たるとレイラが放った火球は、表面だけ焦がすとふわっと霧散してしまった。

「えっ!?」

「ほっほっほ。そんな力任せの魔法では無駄に魔力を消費するだけで、一瞬でかき消されてしまうぞ。
こうやるのだよ」

 するとアーネストは手のひらを的に向けて、一瞬だけ集中すると魔法を放つ。

「ファイヤーボール!」

 同じ種類、おなじ魔法を唱えたアーネスト。
 しかし放った火球はとても小さく、紅い光が見える程度だった。
 しかし、的に中(あた)った瞬間。

 ボウッ!!
 と的が燃え上がり一瞬で灰となった。

「すごい!あんなに小さかったのに、なんで!?」

「これがイメージの仕方の違いなのだ。レイラは『火が燃え上がる事で的を燃やす』事をイメージしておっただろう?」

「うんうん、その通りよ」

「儂がイメージしたのは、火の元素を詰め込んだ球をイメージし、更にその球が当たった対象をその高温の炎で包み込み『一瞬』で焼失させる事をイメージしたのだ」

「最初から最後まで具体的にイメージしていたという事?」

「うむ、その通りじゃな。正しくは、発生させたときの形状、元素の密度、使う魔力の量、効果の内容、効果を発生させるタイミング、効果発生後の結果までを具体的にイメージしておったのだ」

「あんな短時間にそこまで考えてたの!?」

「まぁ、そこは慣れだの。重要なのは、いかに細かくイメージをするかだよ。それ次第では今よりも効果を高くすることが出来るはずだ。さあlもう一度やってごらん」

 レイラは、意識を集中し再びイメージする。
 さっきよりも、小さく凝縮された炎が的に向って飛んでいき、当たった瞬間に燃え盛った。

「ほっほっほ。随分と良くなった。うむうむ、それで良いぞ」

 こうして、レイラの魔法訓練が始まったのだった。